このところ各国で権力構造がバタバタと変わっている。日本では自民党が勝ったものの保守層に影響が大きかった安倍元総理が亡くなった。ジョンソン首相が辞意を表明したイギリスでは現在次の候補者選びが行われている。ラジャパクサ大統領が国を逃げ出したスリランカではウィクラマシンハ首相が暫定の大統領に就任した。
そんなニュースを確認してまとめ終えたと思ってふとRSSフィードをみたところ「ドラギ首相が辞意表明」というニュースが出ていた。また一つの混乱がリストに追加されたのである。
このところ五つ星運動はドラギ首相に要求を突きつけて「要求を飲まないなら連立政権を離脱する」と脅かしていた。一方のドラギ首相も負けてはいない。この要求に強い態度で「恫喝はやめるように」と応酬していた。そのドラギ首相の堪忍袋の緒はついに切れてしまったようだ。今回の報道によると連立を組んでいる「五つ星運動」が政権の事実上の信任投票に参加しないことに憤り大統領に辞表を突きつけたのだという。大統領は辞表を受理しなかった。
この「事実上の信任投票」はインフレ対策に対する承認を求めたものだが五つ星運動はこれに参加しなかった。負担を押し付けるのはドラギ首相であって自分たちは庶民のために戦う存在だということがアピールしたかったのだろう。
記事の中で五つ星運動は「左派」と表現されているのだが実態はネット型ポピュリズム政党である。庶民階層への積極的な分配(あるいはバラマキ)を志向するのが左派で外国人排外思想に傾くのが右派という違いがある。こうしたネット右翼・ネット左翼の存在は日本と大して変わらない。ただイタリアの場合は左右合同で政権が取れるまでに躍進した。
だが、左右ポピュリズム政党とも政治への経験が乏しく財源が見つけられなかった。そこで頼ったのがドラギ首相である。銀行家出身で前ECB総裁(現在のラガルド総裁の前任者だった)のため、EUと交渉して資金援助を引き出すことができるものとして期待された。ドラギ首相の行政手腕は優れておりコロナ対策などでも一定の成果を挙げたようだ。
ドラギ首相は選挙を念頭に有権者に甘い見通しを伝え続ける五つ星運動に嫌気がさしたのだろう。「だったら自分らたちでやったらいい」ということになった。だがドラギ後に政権をまとめられる人はいない。そのためマッタレラ大統領は首相の退任に待ったをかけた。
マッタレラ大統領も2期目をやるつもりはなかったようだが後継の大統領になりそうな人がドラギ氏しか見当たらないため渋々大統領を引き受けることになった。この時のマッタレラさんは周囲から慰留されるかたちで80才ながら再選された。イタリアの大統領任期は7年もあるため任期満了まで勤めると87才ということになってしまう。
イタリアの大統領は「政界が混乱した時の最後の砦」とも言われているそうだ。最後の砦であるマッタレラ大統領は「気持ちはわかったが辞めてもらうわけにはいかない」として辞表を受理しなかった。代わりに「議会に自分の気持ちを伝えるように」とドラギ首相を諭したようだ。
ただしドラギ首相も意地になっているようで「自分の要求が通らないなら辞めてやる」と言っている。議会演説を行いその席で事実上の信任投票を再度呼びかける予定にしている。ドラギ首相は自らが政党を作って改革を訴えるつもりはないようだ。おそらく国民の側も「痛みの受容を訴える」ドラギ首相を支持することはないだろう。
ということで、イタリアの政局が流動化するかの結論は来週まで持ち越しとなった。このところ「パリティ」状態になっているドル・ユーロはユーロ安に傾き国際先物も下落したそうである。
発展途上国では大統領や首相は憲法を変えてでも権力にしがみつき私服を肥やすことになっている。だが民主主義が発展したイタリアでは逆の現象が起きている。つまり、国民や議会が改革案を受け入れないのなら「自分たちはもうやっていられない」と宣言するのである。
イタリアの首相と表現されているが実際には「閣僚評議会議長」というそうだ。首相とはいえ内閣の取りまとめ役に過ぎないため議会の解散権は持っていないそうである。大統領は議会解散を命じることができるようだが行政に対して強い権限は持たない。
今回は「改革」という国民に対する不利益を誰が分配するのかでイタリアは混乱している。イタリア経済がかなりまずい状態になっているということがわかる。また民主主義は不利益分配に向いていないということもよく理解できる。
ただ投資家から見れば民主主義などどうでもいい話なのかもしれない。投資家にとって重要なのはユーロ圏全体の安定だ。経済的に存在感が大きいイタリアの政局が流動化するとその影響はユーロ圏全体に及ぶことになる。アメリカではインフレが続いており、日本は超低金利政策しか抜けられない。その上ヨーロッパも国によって実に様々な問題を抱えており資産保全したい人には悩ましい状態になっている。