アメリカの下院には1月6日委員会と呼ばれる委員会がある。この度ゴールデンタイムに合わせて公聴会を開いた。中間選挙に向けてトランプ前大統領の危険性を改めて強調し民主党の支持を広げる狙いがあるものと思われる。下院は公聴会を定期的に開催し「トランプ氏は危険だ」と印象付ける活動を継続する意向だ。共和党は選挙向けのキャンペーンとして反発を強めている。
委員会の目的は民主主義を守ることだ。そのために1月6日に何が行われたのかを調査し再発を防止するという狙いがある。だが、CNNの報道を見ると公聴会を利用して民主党支持者の拡大と再活性化を図りたいという下院・民主党の狙いも見て取ることができる。
そのため事件の生々しく不快な映像を流し当時の緊迫した状況を思い出させるという手法がとられている。
選挙目当てに思える公聴会ではあるが、トランプ政権内部にいた人たちの協力も得られている。中には娘のイバンカ氏や娘婿のジャレット・クシュナー氏が含まれる。彼らはとりあえずトランプ前大統領には従ったのだが実は半信半疑だったようだ。クシュナー氏は政権末期には閣僚級の人たちも「もう大統領に協力できない」と話し合っていたと証言した。実際に政権末期には議会襲撃を受け閣僚が相次いで辞任している。
CNNは共和党の狼狽ぶりと指揮系統の混乱ぶりを伝えている。ペンス副大統領は軍や州兵の出動を命令したがその時に「トランプ氏の命令だった」ように説明したと制服組トップのミリー統合参謀本部議長が明らかにした。大統領が在任しているにも関わらず副大統領が大統領に取って代わろうとしたこの行動はのちにトランプ氏の首席補佐官のマーク・メドウズ氏からの修正が入ったそうだ。結局ミリー氏が依頼を無視しているうちににデモは収束した。「結局何も起きなかった」ということは「何かが起こる可能性があった」ということになるだろう。
ただし軍と州兵と民衆の間に衝突が起こらなかっただけであり警察からは犠牲者が出ておりのちに自殺者も出ている。
軍と大統領の緊張は1月6日以前から表面化していた。
ミリー氏はトランプ政権末期にトランプ大統領の命令に従わなかったことでも知られる。全米で大規模なデモが発生した時トランプ大統領は軍に対して強硬な対応を求めた。ミリー氏はこれに抵抗し続けていたとのちにマイケル・ベンダー氏の著書で明らかになっている。CNNはトランプ政権末期にホワイトハウスは機能不全に陥っていたと強調している。
つい党派性を感じ取ってしまうのだが「警察と民衆」の対立の図式はすでに生まれており「軍と民衆」という図式も成立しかけていた。アメリカの民主主義はこの間危機的な状況にあったと言えるだろう。
この事実は今起きている「銃規制をすべきか」という議論につながる。ミリー氏の判断により軍隊と市民という対立は避けられた。しかし権限の上では大統領は軍隊の協力さえ得られれば彼らを反乱軍とみなして鎮圧を試みることができるわけである。一方で国民は「憲法に書かれた抵抗権」に基づいて民兵を組織することが認められている。つまり内乱の可能性が憲法で保障されているのだ。これがアメリカ人が銃を手放せない理由の一つなのである。
BBCの記事は若干異なったテイストになっている。こちらは特別委員会の委員長を務める民主党のベニー・トンプソン下院議員が「クーデター未遂」の中心にはドナルド・トランプがおりそのイデオロギーは今なおアメリカを脅かし続けていると強調していたと書いている。副委員長は共和党議員でありながらトランプ前大統領に批判的なリズ・チェイニー氏だ。
委員会はこれからもトランプ大統領の危険性について告発してゆくとの決意を新たにしたそうだ。継続的にゴールデンタイム公聴会をひらけばテレビ局が注目しメディアカバレッジが増えるというのが反トランプ派の戦略である。
関係者たちの証言はビデオ証言という形で作られている。証言者たちは切り取りを防ぐことができ主催者側も不測の発言で事態が混乱することを予防する効果があるのだろう。前代未聞の襲撃事件の加害者であると断罪されるのを防ぐ効果があるものと思われる。襲撃後に閣僚が相次いで辞任していることからもわかるように「トランプ大統領についてゆけない」という人が大勢いたことがわかる。
CNNは民主党寄りのメディアでありアメリカの分断は認めたくない。だが、中立なBBCは共和党側の反論も伝えている。FOXニュースは中継せずタッカー・カールソン氏の番組を放映したそうだ。この時のことを見たくないというトランプ共和党支持者たちは中継の代わりにタッカー・カールソン氏の番組を見て「全てアメリカを破壊しようとしている人たちの陰謀である」と考えることができる。アメリカのメディアが分断されていた様子がよくわかる。
共和党が指摘する通りこのメディアショーは民主党側の選挙キャンペーンの一貫だろう。だがそれでも「国」対「民衆」という図式ができかけていたことはよくわかる。
まずは黒人差別に反対する民衆が政府や警察に対して叛旗を翻す。大統領はそれを「反乱」として軍隊を入れて鎮圧しようとするが軍の抵抗にあい対立はかろうじて阻止された。だがその後今度は選挙結果を受け入れたくない現職の大統領が議会襲撃をほのめかし(少なくとも「やるな」とは言わなかった)実際に襲撃が起きた。強く命令されれば軍は断れないが、その命令系統はすでに混乱していた。大統領と副大統領の意思疎通は取れていない。最終的には騒ぎが大きくなることを恐れた閣僚が船を逃げ出した。アメリカの政治はこの間確実に機能不全を起こしていたといえるだろう。
ただこの混乱は依然収まっているとは言えない。アメリカでは連日銃を使った大量殺人事件が起きているのだが銃を手放すことができるのかはよくわからない。民衆も「武器を手放せば政府や警察に何をされるのかわからない」と考える人が少なくない。またインフレのコントロールが難しくなっており経済的にも不透明な状況が続く。
アメリカにとって幸いなのは経済不安が「内乱」のような状態にまで悪化していないという点だろう。パキスタンでは連邦政府が補助金を撤廃したことによってガソリン価格が暴騰している。政権を追い出されたカーン首相は総選挙を求めて抵抗活動を続けており事態がさらに混乱する可能性がある。アメリカ経済は国際的に信任されているため連邦政府の政策には高い自由度がある。これは新規国債を発行し経済対策ができる日本も同じである。