ざっくり解説 時々深掘り

日本人のおっさんに国際政治痛はいても国際政治通がいないわけ

カテゴリー:

政治に関するコミュニティを運営している。コツコツやっているうちにフォロワーが5,900人くらいになった。毎日、新聞や通信社などのヘッドラインを紹介しており「新聞を並べるより手っ取り早い」という需要があるのだろうと思う。つまりおそらく支持基盤はそれほど政治に興味がないが最低限のことは知っておきたいという人たちである。

ただ、高評価がつくテーマとそうでないテーマにはかなりの開きがある。最初は「食い付きのいいテーマを選んだほうがいいのかな」と思っていたのだが気にしないことにした。支持を頼りにしてもろくなことになりそうにないからだ。特に国際政治は難しいと感じていたのだが理由がわからなかった。

ところが意外なところで長年の疑問が氷解することになった。スーパーで喧嘩に遭遇したのである。「警官を呼ぶ呼ばない」という騒ぎになっていた。

スーパーの奥の方でおじさんたちが喧嘩をしていた。最初のきっかけがわからないのだが「俺が正しいか相手が正しいか」ということになったらしい。結局「警察を呼んで決めてもらおう」となった。一人が110番して「ナカジマ巡査部長」という人と話している。程なくして本当にパトカーが来た。警官が3名乗っていた。「税金の無駄遣い」とはまさにこういう時に使う言葉だ。

孤立したおじさんは群れから離れた猿のようになっている。群れから離れているのでマウンティング順位がない。それがお互いにマウンティングしあうようになると「どっちがエラくて正しいか」ということになるのだなあと思った。二人ではラチがあかない上に周りの人たちも遠巻きに見ているだけだ。そこで「権威」としての警官が呼ばれたのだろう。

多くの人が「なんだこいつら」と思っているのは明白なのだが、おそらく彼らはマウンティングに夢中になっていてそのことに全く気がついていない。彼らのマウンティング合戦に付き合ってもいいことは一つもなさそうだ。

毎日様々な出来事が起きている。日本人が選挙に夢中になっている今も例えばバイデン大統領がローマ教皇と文在寅大統領に会っている。

韓国では終戦宣言に向けてローマ教皇の平壌訪問を依頼したというような憶測が出ているそうである。ヨーロッパの首脳たちとはイラン核合意についても話し合った。高齢のバイデン 大統領はおそらく4年しか大統領をやらないつもりなのだろう。レガシーづくりをやるなら今から始めないと間に合わない。

欧米の首脳たちがやりたいのは紛争解決である。

この後、首脳たちはイギリスのグラスゴーに移動する。COP26がおこなわれるのである。環境問題については各国の足並みが揃わない。おそらくめぼしい成果は出ないだろうといわれている。だがヨーロッパでは環境問題についての関心が高まっておりジョンソン首相もなんらかの成果をあげたいと思っている。

つまり、外国の首脳たちは「紛争を解決して名前を残したい」と思っている。ヨーロッパの有権者たちは明日の地球について心配し首脳たちが協力してくれることを期待している。だが、日本人のおじさんたちはこうした話題には全く興味を示さないのである。

ではおじさんたちが興味を持つ国際政治の話題とはなんだろうか。今朝のフジテレビの「日曜報道 THE PRIME」では中国についての特集をやっていた。今やることなんだろうかと思ったのだが、だいたいこんな筋になっていた。

中国とロシアが日本列島をぐるっと回るようにして共同演習をした。中国の脅威が高まっている。中国んの脅威を受けてアメリカ合衆国は台湾へのコミットメントを強めている。台湾も米軍が訓練などに関与していることを認めた。一方、中国国内で習近平体制は教育に対する締め付けを強め恒大集団は破綻寸前である。余った中国マネーは日本を狙っているぞ。

このプレゼンテーションを見るとおそらく「恐ろしい中国に対しての備えを十分にしなければならない」が「アメリカ合衆国がついているのでおそらく大丈夫である」というような印象を抱くに違いない。フジテレビは明らかに日曜日のおじさんたちを惹きつけるような構成で中国問題を扱っている。

だが、いったい中国問題の何が人々を惹きつけるのかということはわからなかった。

スーパーのおじさんの喧嘩を見て、おそらく彼らは日本人がエラくて正しいということが証明したくて仕方がないのだろうと感じた。群れに所属しない人が増えれば増えるほどマウンティング欲求が高まる。

日本人は政治には興味がない。だがマウンティングには興味がある。マウンティングの目的は「どっちが正しいか」を証明することだ。警官のようなちゃんとした人なら自分が正しいことを証明してくれるはずだし政治のような大きな課題について語れば自分たちが「上である」ことがわかるはずだ……

フジテレビの番組を見ると「自由主義の日本はこのままでいいのだ」という肯定感を得ることができる。それは中国という「不正解」に支えられた不健全なものだが、そんなことを機にする人は誰もいない。

これは「アメリカ人の盗まれた怒り(相対的剥奪感)」とは違うなと思った。明確な不満や不安があるわけではないのだがなんとなく承認されたいという欲求も満たされない。承認されれば安心し承認されなければ不安になるという具合である。つまり彼らの幸福感は他人の承認に依存しているのだということになる。

一方で5,900人コミュニティには中国サイドの人たちもやってくる。中国問題が出てくるたびに自分の意見を主張しアメリカを悪し様になじる人がいる。長く香港・珠江デルタエリアでビジネスをしている人もいる。

彼らはおそらく「右傾化したメディア」で得た知識があたかも真実であるかのように主張してくる人たちにうんざりしているのだろう。かなり被害者意識を募らせているので言葉が先鋭化して行く。

日本人にしろ中国人にしろ「集団の中で和やかに生きてゆきたい」という集団主義の強い文化である。つまり、彼らもまた「自分たちの価値観の方が正しいはずだ」と思っていてそれを証明しようとしている。最も重要なのはそれが他人の承認に依存しているという点である。おまけに彼らはマウンティング欲求が高まった日本人たちのターゲットになっているため、毎日を「戦い」に費やしている。

その他大勢はスーパーにいる普通の客のようにこうしたいざこざを遠巻きに見ているだけである。それぞれの買い物に忙しい人たちは喧嘩の脇をうんざりとした様子ですり抜けていった。客たちもまた時間に余裕がない。忙しい時間でできるだけ安いものを買って何か別のことをやらなければならない。

誰からも承認されないというその苛立ちが「だったら警官を呼んで白黒はっきりさせよう」ということになったのだろう。

こういう状態の選挙ってどうなるんだろうかと思った。「風」が吹かなかったせいで自民党は議席を少し落とした。だが立憲民主党にも風は吹かなかった。多くの人が承認されたがっているが誰も他人を承認したいとは思っていない。

結果的に躍進したのが「現状打破」と「改革」を訴える維新の党だ。彼らは結局「国会議員は優遇されているから給料を減らさなければならない」などといっている。国会議員ではなく有権者様の方が偉いんだぞと言いたいのだろう。

護憲勢力の人たちは不満を持った人たちが選挙にゆけば護憲勢力が圧勝するだろうと思っていたに違いない。だが不満の矛先は「優遇されている誰か」から何かを奪って溜飲を下げるという実に日本人らしい方向に向かいつつある。

国会議員の待遇を少しばかり下げたところで財政の諸問題が解決することはない。だが、俺たち有権者が鉄槌を下せば国会議員も従わざるを得ないというつかの間の優越感を得ることはできる。

おそらく立憲民主党も「維新の風に乗りたい」と感じる人が出てくるのだろう。だが辻元清美さんの落選でわかるように痛烈な批判はもっと痛烈な批判に置き換わるだけだろう。支持基盤が固まっているところではきちんと票が取れているのでここは地道に支持基盤を固める活動をすべきだろう。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です