今回の選挙の「争点」の一つが再成長である。再成長が重要なのは明白なのだが、どこの政党も似たり寄ったりのアイディアしか出してこない。そして決まり文句のように「分配なくして成長なし」と言う。この言葉は実は正しいようで間違っている。今回は日本と韓国のコンテンツ産業を比較して「成長」について考える。キーワードは「養殖」である。いい養殖業者とはどんな養殖業者だろうか?
近年韓国のコンテンツ産業が好調だ。イカゲームというドラマがNetflixオリジナルドラマとしては最大のヒット作になった。韓国のプロダクションはネット配信拡大という波に乗り世界的な成功を果たしている。
1990年代の韓国のコンテンツ産業はこれほど強くなかった。むしろ日本に食われてしまうのではという恐れから日本文化を排除していたほどである。ところがこの30年で状況は逆転してしまった。
もともと韓国のテレビは言論統制の対象だった。またアメリカや日本のコンテンツに人気があり国内制作やドラマなどは二流のものとみなされていた。この政策を転換したのが1990年代の金大中政権だ。
NHKが韓国映像ビジネス興隆の背景というPDFを出している。時系列を整理し別の記事からも補足した。
- 1986年にアメリカに要求され映画市場を開放される。
- 1990年に国内制作番組を8割放送するように義務付ける。また外注プロダクションの割り当てを増やし始め1997年には2割まで達した。
- 1994年に金泳三大統領が文化体育部に文化産業局を設置し国内コンテンツ産業支援を始める。
- 1995年にケーブルテレビが解禁される
- 1997年通貨危機をきっかけにIMFの管理下に入る。保護主義的な産業振興策が取りにくくなり市場解放を求められる。
- 1998年に金大中大統領政権下で文化観光部に改称。大統領が来日し日本文化の解禁を発表した。
- 2002年に衛星放送が解禁される。日韓ワールドカップの前夜祭に日本語の楽曲が登場しそのままフルコーラスで放送された。
- 2003年に「文化産業五大強国入り」を目指した支援策を発表する。
- 2004年にケーブルテレビなどの有料放送で日本のドラマが段階的に放送されるようになった。
もともと脆弱だった国内産業をアメリカや日本からの文化侵略から守るという目的で始まった韓国の文化政策だった。つまり保護の対象だった。
ところがIMFに管理されるようになると「輸出のために稼げる産業が欲しい」という切実なものに変わっていった。国内産業や国内資本の保護はできなくなり「稼げる産業を作らないと海外資本にやられてしまう」という状態になってしまったのである。そこで保護から売れる魚を育てるという政策転換が行われた。
例えていえば韓国のコンテンツ産業育成は徐々に「養殖式」に変わっていったということになる。稚魚に当たるコンテンツ制作事業者を育てて海外に放流するという方式である。次のような政策がとられたそうだ。
- このために国家が最新鋭の設備を整えたスタジオを作って準備する・融資を行う・海外に売り込むためのパイロット番組を製作したい業者に企画支援をやる・国家主導でファンドを作るなどの事業を行っている。
- せっかく作った番組を放送する枠を国内向けに作り、海外見本市に出品するための費用を負担するなどの「流通支援」も行っている。
- さらにディレクタースクールを国費で運営するなどの人材教育もやっている。
中小のコンテンツ制作事業者を支援して海外への売り込みまでは助けてやるという仕組みになっている。Netflixは世界各地から売れるコンテンツを集めはじめており、視聴者も世界各地の面白いコンテンツを見たいという欲求がある。これが時代にマッチし韓国のドラマが成功を収めたのだということになる。運も良かったのだろう。
韓国のコンテンツ産業にも問題はある。朴槿恵政権は「ブラックリスト」を作り世論を有利に操作しようと試みた。「反朴槿恵」芸能・文化人9400人分ブラックリストは存在!? 特検が前大統領高官らを捜査 崔被告が作成を主張かによると9,400人の芸能人や監督を「反政権的である」と認定していたそうだ。貧富の格差を訴えた作品を作ると「反体制的・左派的」とみなされて政府援助から外されてしまう可能性もある。
ここから日本の事例を見ると問題点は明らかである。ありとあらゆる政治勢力が「成長」を希求しているように思えるのだが実は分配の言い訳に過ぎず韓国ほどの本気は見られない。日本の養殖業者はとりあえず養殖場を作りたい。だが魚には興味がない。
養殖業者が「自分たちはこんな優れた養殖をします」として国家からお金をもらう。だが実際には養殖はせずに自分たちだけで使ってしまう。そもそも売り先を探してこないで魚だけ育てても餌の無駄になるだけだ。つまり成長のための成長は堕落した養殖業者をたくさん生み出すだけであり魚の数は増やさない。
だから日本は成長しないのだ。複雑そうに見えて実は簡単なことだ。
例えば経産省のクールジャパン事業は無駄な広告宣伝費に消えてしまう傾向が強い。これはコンテンツの作り手ではなく経済産業・文部科学・農林水産という各省庁を支援する形になっているからである。彼らが堕落した養殖業者の総元締めであり自らも堕落した養殖業者である。
具体的な損出は2018年に一度問題になった。各事業には成果が出なていない。このため事業を持て余す結果になり格安で売却される。そして文化事業は儲からないということになり予算規模が縮小されてゆく。
この結果いけすに入った魚はやせ衰えて行く。
2021年の日経新聞は「月給9万円」低賃金放置 アニメ産業、中国に人材流出という記事を載せている。日本のいけすに入っても餌はもらえない。
日本アニメーター・演出協会(東京・千代田)の調査では年収が400万円以下との回答が54.7%にのぼる。日本の民間企業の平均(436万円、国税庁調べ)を下回る。
「月給9万円」低賃金放置 アニメ産業、中国に人材流出
若手はさらに悲惨だ。若手は月給9万円、生活できず入社3年以内に9割が離職するという証言もあるそうだ。
日本のいけすの中にいる魚の唯一の希望は外に出ることだ。つまり中国の養殖業者に助け出されるのが唯一の希望ということになってしまっている。日本人は中国や韓国にアニメ技法を教えてやったのに盗まれたと言っているが自業自得であろう。魚の売り先を探さずにいけすにいる稚魚に餌もやっていない。
日本は中間搾取者が若者の成長活力ややる気に搾取する構造が定着している。つまり、実際の担い手にお金が回らないばかりかやる気を見せるほど苦しくなるという構図が定着してしまっている。政府が成長戦略を訴えれば訴えるほどそれに乗った人たちが苦しくなるという状態である。
これでは日本経済が成長しなくなっても全く不思議ではない。分配だけしても成長はしないのだ。