ある日憲法が突然変わる。数年して人々の暮らしが大きく変わるような改革案が出てくる。国民向けの説明はあるがどうも納得感のあるものではない。中国ではこのところこうした改革案が矢継ぎ早に実施されている。例えば学習塾の規制やオンライン・ビデオゲームの規制などがそれにあたる。
まず最初の改革は学習塾改革だ。学習塾を非営利組織化し試験対策のために週末や長期休暇中に学校の教育課程を教えることも禁止するそうだ。さらに英語の授業も抑制される。オンラインゲームも抑制される。18歳未満は週末のみ1日1時間だけという制約が課されるという。すでに平日90分、週末は3時間までだったそうだがこれがさらに厳格化された。表向きの理由は依存症対策だそうだ。学習塾の規制も企業に対する規制だったがこちらも「ユーザーである子供」ではなく企業を直接規制する。
中国の教育産業規模は1200億ドル程度と言われているそうだが大打撃を受けたそうである。またゲームの売り上げは2020年度の売り上げは巣篭もり需要もあり前年比21%の4兆7399億円だったそうである。営利活動は社会主義の添え物なのでいくら頑張って企業を大きくして産業規模が兆円単位になっても政治の力で一瞬にして潰されてしまうというのが中国である。日本や韓国のような自由主義の国ではこんなことは許されない。
東方新報は「ゲーム会社は稼げなくなったら欧米や日本で稼げばいい」とまとめている。自国では有害だが外国で稼ぐ分には構わないであろうということになる。アメリカ・ヨーロッパ・日本・韓国のような自由主義陣営は国民の倫理観が政府を規定するものと考えられるのだが中国は逆になっている。政府こそが温情をもって国民のことを考えているのだから国民は黙って政府の言うことを聞いていればいいということになる。中国のメディアには自由主義国のような倫理観は期待できそうにない。当局の言っていることをそのまま流せばいいだけなので十分な倫理観を自分たちで育てようという気にはなれないのだろう。
ではどうして産業を潰してまで改革を進めようとするのか。それは習近平体制を確立するためである。NHKは学習指導要領が変わることについて習近平国家主席が長期政権を見据えて国家主席の権威を高める狙いがあるのだと言っている。塾が縮小され平日のゲームが抑制される裏で子供達に習近平思想が叩き込まれるようになった。
新しいカリキュラムでは小学生から習近平国家主席への個人崇拝を通じて愛国主義教育を徹底するそうだ。2021年9月の新学期から始まった。中国政府は外国への留学を抑制し習近平への忠誠心を高めようとしている。外国に人材が流出するのを抑えようとしているのだろう。より儲かる海外で就職するためには良い学校を出ていなければならない。そのために教育熱が加熱し学習塾へのニーズが高まっている。
おそらく中国人は本音では中国政府と共産党を信じていないのだろう。習近平体制が目指す「赤い遺伝子の注入」はこうした人たちを抑制し国家と共産党のために尽くす国民を量産しようとしているということになる。
中国の考える思想はかなり厳密に組み立てられている。中国の諸民族は中華民族という新しい概念のもとにまとまる。漢語を話し共産党思想を熟知している。各民族が自分たちの習俗を守ることは許されるがそれは共産党の指導の枠内で行われる。例えばウイグル新疆自治区や香港などの特殊な地域の中国の関わりを見るとこのことがよくわかる。こうした地域に住む人たちは共産党と異質であってはならない。自分たちと同じ枠内で「ちょっと違っている」くらいでなければ生存が許容されない。そして枠組みを決めるのはトップの権力闘争に勝った人たちなのである。
こうした準備は2018年ごろから着々と進んできた。まず手始めに改正されたのが憲法である。権力者が自分たちに都合の良い憲法を押し付けて徐々に思想を変えてゆくのが中国のやり方である。日本では自民党保守派の願望にしか過ぎない手法が中国では実際に運用されている。もともと習近平体制は「法治主義に反する」という反対意見があったそうだが大元である憲法を変えてしまえば「憲法違反である」とは言えなくなる。日本でも自民党の議員が主張しそうなことなのだが、中国ではこれがやすやすとできてしまうのである。
憲法改正についての文章も読んでみた。日経ビジネスの記事が見つかった。
- マルクス・レーニン主義・毛沢東思想・鄧小平理論に加えて「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」が取り入れられた。
- これまでのような革命の推敲だけでなく、改革が強調されるようになった。
- 世界人民の指示が不可欠であると言う文章が内政干渉なしという文言が加わった。
- 共産党の指導が明確化された。
- 国家監察委員会の権威が上がった。
- 「社会主義の核心的価値」という文言が入った。
- 国家公務員は憲法に忠誠を尽くすように宣誓させることにした。
- 主席・副主席について二期10年の任期制限を撤廃した。
国家監察委員会は反汚職キャンペーンを遂行する部署だそうだがこの対象を党外まで広がる可能性が出て来たそうだ。こうした粛清は国家権力の維持と反体制派の取り締まりに使われて来た歴史があるとされている。
おそらくこの解説記事は反習近平の立場から書かれていて習近平体制を「独裁だ」と言っている。中国人が「民主的に選ばれている」と主張することが多い全人代では99.8%の賛成率で改正されたそうだ。つまり中国的な言い方をすると極めて民主的なあるいは民主的すぎる憲法だということになる。
だが、実際には中国の権力闘争はこれで終わらなかった。今度は習近平体制が監視される側に回ってしまった。時事通信によると習近平を支える浙江省の若手有力指導者たちが摘発されているという。自分たちが作ったルールなのでこれに異議を申し立てることはできない。また習近平国家主席が提唱してきた戦狼外交路線も抑制されや文化大革命に戻れという左寄り保守の思想も抑制気味になっているという。
台湾政策も教育改革も全て中国指導部の権力闘争の一環ということになる。専制主義が安定して成長を続けられるかどうかは中国指導部の安定にかかっている。つまり専制主義は効率が良いが極めて不安定な体制なのだということがわかる。