おそらく菅総理にはこれ以外の選択肢はなかったのだろうが、通達は事実上撤回された。厚生労働省は非を認めなかった。
日本医師会と日本看護連盟は自民党の強力な支援団体だ。田村厚生労働大臣は厚生労働委員会で「今回の決定について誰と話し合ったのか」は頑なに隠している。厚生労働省も「総理の気が変わらないうちに」とばかりに翌日に通達を出したがこの拙速さがその後の大混乱を生み出した。
おそらく尾身会長に話を聞かなかったのは、彼らがまとめたい方向と違った提案が出ることを恐れたからだろう。尾身さんのアイディアは「自宅・宿泊・医療が連携できる体制をつくるべき」というものだった。神奈川県ではすでにこういう体制があるそうだがこれは厚生労働省主導の医療のあり方ではない。尾身さんのいうことをいちいち聞いていては厚生労働省の主導権が奪われるという危機感があったのではないかと思われる。成功した神奈川モデルを横展開されては厚生労働省のメンツは丸つぶれである。官僚が国民の命よりも大切にしているのはメンツなのだ。
おそらく今回の転換の裏には何か止むに止まれぬ事情があったのだろう。5大臣会合のやり取りは全く明らかになっていないが菅総理が田村厚生労働大臣を怒鳴りつけたという仮説を置いてみた。「なんとかしろ」という菅総理の恫喝に厚生労働省が慌てて資料を作る。だがその中身は都道府県への丸投げと在宅医療への転換だった。そしてそれを既成事実化すべく通達を出した。あくまでも根拠のない想像だが「どうせ総理は中身など読まないだろう」としてこんな資料をだしたとすると「実に恐ろしい組織だな」と感じる。
おそらく日本医師会にも相談は行っているはずだ。医師が動かなければ治療はできない。だが、日本医師会には「とにかく開業医を巻き込みたくない」という一つの確固たる基本ラインがあったのではないかと思う。予算誘導には積極的だが実際の診療行為はやりたがらない。
中川会長は北海道の脳神経外科医だそうだ。コロナにそれほどシンパシーを持っているとは思えない。「事前相談は受けていない」と表明し自分たちは今回の意思決定に関与していないと問題の切り離しを図っている。政治的には優れた動きなのかもしれないが、彼らが一体何を守りたかったのか、実際にそれを守ることができたのかはよくわからない。
菅総理は世襲政治家から厄介なコロナ対策を押し付けられ支持母体の要求に従って国民を見殺しにしたとも言えない。しかしここで判断を曲げてしまえば、支持母体から見捨てられてしまうだろう。こうして全ての矛盾を引き受けつつ「撤回を拒否している」という状態に追い込まれている。だがそれも通らなかった。産経新聞は「中身を変えているつもりはないと説明するが事実上通達を撤回した」と書いている。8月2日に大転換してからわずか3日で撤回したことになる。
新型コロナは現在「二類相当」になっていて法律上ある程度の設備・施設があるところしか受け入れられないことになっている。開業医にとっては都合のいい制度だ。だがこれが病床が足りない原因になっている。結局、一連の騒ぎは収まったが問題は解決しなかった。つまり日本医師会は全体としてはコロナという厄介ごとを引き受けずに済んだ。
こうなると全ての開業医を非難したくなる。
だが実際にはコロナ診療に協力している医者はいる。福岡市の医師会では独自に開業医も新型コロナ医療に協力する体制の構築を模索し始めたそうだ。さらに従前から医療体制に関心が高かった黒岩知事は神奈川モデルを作って総合的な対策を立てている。尾身会長の言う総合的な体制は絵空事ではなく実現可能だ。
だが、実施には政治家のリーダーシップが必要とされる。
神奈川県も「自分たちのモデル」を宣伝しなくなった。東京のように医療が破綻しかけているところから越境されることを恐れているのかもしれない。政局を作るのは得意だが協力体制を作るのが苦手な小池東京都知事が同じような体制を作ることはできないだろう。
日々現場で患者さんに対峙しておられる新型コロナの専門医は「医療を知らない人が決めた」と批判している。実際には「新型コロナに関わりたくない・関係したくない」という人が決めたのだろうと思われる。福岡や神奈川の例があり全ての開業医が関わりたくないと考えているわけではないからだ。だが表立って医師会を攻撃するわけにもゆかない。
お日本医師会と菅総理が誰を守ろうとしたのかはよくわからないまま終わりそうだ。彼らが何を守りたかったのかはわからないが、おそらくそれはわれわれ国民ではないだろう。そして新型コロナウイルスは拡大を続けている。おそらく統治不能状態に陥った菅政権を放置していては大勢の命が在宅で奪われるに違いない。