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チンギス・ハーンと中国共産党の「民族弾圧」

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中国が圧力をかけて内モンゴル自治区の博物館とフランスの博物館が企画した展示を潰したという記事を読んだ。「中国が圧力「チンギスハン」を削除せよ 仏博物館、企画展延期に」という内容である。「チンギスハン」「帝国」「モンゴル」といった言葉を展覧会から削除するよう要求されたそうだ。タイトルだけ読むと中国がモンゴル民族に対する圧力をかけている中で企画展も中止になったのだろうと思える。チベットや新疆ウイグル自治区で人権侵害が起きていると文脈の中で書かれているのだろう。ガーディアン(英語版)は中国人がモンゴル人を差別していると書いている。

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チンギス・ハーン、帝国、モンゴルという言葉なしにどうやってモンゴル史を教えるのだろうか?ということを疑問に思った。色々検索をしてみたのだがあまり情報がない。

最初に見つけたのは「〔対談〕モンゴルとは何か?」という昔風のウェブサイトだった。いくつか面白いことが書かれている。

  • ロシア人にとってモンゴル帝国は悪い存在であるから、ロシアの影響下にあったモンゴルではモンゴル史はまともに教えられず、したがってモンゴル人はチンギスハーンのことをよく知らない。
  • 中国でチンギスハーンは元朝を作った始祖とされているが中国史の一部として教えられている。なので英雄にはなっているがモンゴル人の英雄ということにはなっていない。
  • 結果的に、チンギスハーンのことを一番よく知っているのは日本人である。

この文章を読むと、昔からチンギスハーンは成吉思汗として中国史の中に位置付けられているのでモンゴル帝国ではなく中華帝国の中の元朝として扱われていることになる。そうなるとフランスの博物館の展示は極めて不都合だ。中国の歴史観と異なってしまうからである。ただこの中国のという主語がやっかいである。中国共産党が考える中国と中国のモンゴル系が考える中国は実は異なっている。

この記事は「内モンゴルではチンギスハーンの名前はタブーではない」と書かれている。成吉思汗は中国人なので中国の英雄であるという教え方をしているというのである。そうなると内モンゴルというのは中国人地域ということになる。漢民族地域ではなく中国人というところがポイントになる。つまり中華民族というのは血統概念ではなく文化概念だと、彼らは考えているのだ。

ところがこれとは異なる説明をしている記事も見つけた。こちらはthe PAGEの記事である。書いたのはアラタンホヤガさんという写真家の方である。1977年内モンゴル自治区で生まれたという方だそうでつまり中国人なのだが名前はモンゴル風だ。この記事は日本の漫画がチンギス・ハーンを屈辱するような表現をしてしまい炎上した時に書かれた。最初の記事が日本人研究者の観測であるのに比べるとこちらは内モンゴル人の実感に近いのだろう。

モンゴル人は日本人に強い親しみを持っている。だがモンゴル人にとってもチンギス・ハーンは英雄である。つまり最初の記事が「モンゴル人はチンギス・ハーンを知らない」というのは少なくとも内モンゴルでは正しい認識とは言えないということになる。さらにチンギス・ハーンはモンゴル人の英雄だと認識されているようだ。

中国の考えと中国の一部であるはずのモンゴルの考えは実は違っている。

ただこの記事の中にもチンギス・ハーンは中華民族の英雄という記述が出てくる。モンゴル人は中華民族ということになっているようである。中華民族は漢族だけではないという建前だが実際には漢族の支配力が強い。その矛盾をモンゴル人はあまり考えないようにしているようだ。どのみち中国の枠内で生きていかなければならないからである。

おそらくフランスの企画展はモンゴルを一つの独立した存在として扱ったところに問題があるのだろう。これは中国共産党の考えと合わない。だが、おそらく中国当局はこれまでそれほど厳しい監視をしていなかった。だから問題にならなかったのだ。

このAFPの記事で一番気になったのはこのフランスの博物館が展示を強行せずに「数年は行わない」としたところである。中国政府の歴史観の宣伝はしなかったということになるが、かといって自分たちの考えるモンゴル史に沿った展示も行わなかった。なぜ2024年までやらないとしたのかという説明は記事にはなかった。そこでもう少し調べてみることにした。

ガーディアンもAFPと同じような論調で書かれている。中国にも取材を試みたようだが応じてもらえなかったようだ。内モンゴルの北部にいるモンゴル民族が中国政府から差別されているとはっきりと書かれているのだが、おそらく内モンゴルにいる当事者たちの意識とは微妙にずれているのだろうと思う。

The spat comes as the Chinese government has hardened its discrimination against ethnic Mongols, many of whom live in the northern province of Inner Mongolia.

China insists Genghis Khan exhibit not use words ‘Genghis Khan’

ヨーロッパ人の考えるような単純な対立概念ではないのだろう。かといって抵抗運動もあるところからモンゴル人が自分たちのことを単純に中華民族だと思っていないことも確かである。ヨーロッパ人が考える民族、漢民族(特に中国共産党)が考える民族、中国に暮らす少数民族が考える民族と三つの異なる感覚がありこの間に微妙なズレが起こる。

フランス24の記事にはこう書かれている。中国政府になんらかの方針変更があったようである。それに戸惑っている。中国内部の基準を外国にも課して(impose)きたと言っている。

“The Nantes museum and Hohhot museum had good working relations until Beijing changed its policies and tried to impose its narrative abroad,” he added.

French museum halts Genghis Khan show after Chinese pressure

実はこの変化が今回の問題を引き起こしている。つまり今まで許されてきたことが急に許されなくなった。フランスの博物館は何が起きているのかを知りたいわけだがよくわからない。フランス24の記事を読むと微妙に主語がズレている。つまり中国共産党トップの意向、下部局の意向、中国全体の意向がごっちゃになってしまっている。おそらく共産党トップは明確な指示を出しておらず忖度した部局が厳しめの判断を出したのだろう。外にガイドラインが出せないのはおそらく担当部局が明文化したルールを理解していないからである。おそらく中国共産党は自分たちの曖昧な指示がどんな軋轢を生んでいるのかということを正確には理解していないのかもしれない。

ここから考えられる可能性は二つある。中国中央部で民族問題が重要な課題になっているという可能性が一つある。もう一つは共産党が単に国家統制を強めているという可能性である。国家統制を強める裏にはなんらかの権力闘争なり動揺があるはずである。

いずれにせよ突然「自分たちに全て管理させよ」と当局がしゃしゃり出てくるとフランスのみならずイギリスでも中国に対する印象は悪くなる。政府が自分たちの表現の自由を侵害していると映るからだ。これは日本にとってはある意味好ましい。中国は価値観を共有できない国でありやはりヨーロッパのベストメイトはアジアにおいては日本しかないと言えるからである。日本の国益にはなり中国の国益は損なわれる、

背景にあるのは、単に中国の「文化表現の下手さ」とコミュニケーションエラーなのかもしれないのだが意外とこういう積み重ねが外交を大きく左右するのではないかと思う。経済だけで尊敬される国は作れないのである。

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