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「対話なき菅政権」を予感させる討論なき討論会

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日本記者クラブが主催する討論を聞いた。日本の総裁選挙はクローズドで討論がないと書いてしまったので「まあ討論をやっているのだから聞いてあげないとな」と思ったのだ。聞いていて絶望的な気分になった。討論会のはずなのに討論がないのだ。これはなぜだろうかと思った。そういう疑問を持ったままさらにNHKの日曜討論を聞いた。さらに絶望した。

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討論がない理由は明確なようで入り組んでいる。

第一に相手の言っていることを否定したくないようである。日本人は課題と人格を分離しないので討論が人格否定に受け取られてしまうのだろうと思った。だが二番目の理由を考えているうちに絶望的な気分になった。

それぞれの候補には理念がある。例えば岸田政調会長は世界が分断される中日本はどうあるべきかという問題意識を持っている。政調会長なので細かい政策にも通じている。石破さんは政権から遠ざかっていたので今の政権のやり方が気に入らず自分の手でリセットボタンを押したい。そして菅官房長官は逆に今の矛盾を継承したままで自分の色も出したい。だが、菅官房長官はおそらく権力志向で政策にはまるで興味がない。

実は三人はバラバラでこれをまとめる人が誰もいない。討論が成立しないのはそのためである。実は自民党には中心がないのだ。

言い換えると日本の組織にはモデレータがいないということになる。これは戦前の議会政治にもあったことだ。実質的には元勲・元老がモデレータになっていて天皇という最終権力に裁定を促していた。これがなくなった結果軍隊が台頭し日本の議会政治は武力によって制圧されてしまう。

この話し合いが暴力に取って代わられるという「新しい戦前」の予感は別のところにもあった。

先日宝塚について書いた。上級生が指導と称して下級生いじめをするという問題である。旧日本陸軍になぞらえて書いたところコメントをいただいた。目的を失った(あるいは組織が自己目的化した)組織はやがて暴走する。旧日本陸軍はその典型例なのだ。

内部のいじめはその時に現れる副作用のようなものである。おそらく対話が成り立たないというのも同じような副作用なのだろう。自民党も日本の政治も目的を失っており組織の存続が自己目的化している。だが自己決定の余地が高い国会議員の間ではいじめは起きない。対話が成り立たなくなり政策が作れなくなるだけなのである。

お互いの言っていることに興味もないので討論のフレームワークを作ろうとすることもない。特に顕著だったのは石破候補の発言である。菅候補、岸田候補は露骨に「ああまた始まったよ」というような顔をする。NHKの日曜討論ではその表情を狙ってわざわざ抜いていた。討論の枠組みを作ろうというリーダーシップを発揮する人も誰かに任せようというフォロワーシップもない。それどころかそもそも聞くつもりすらない。この話し合えない三人のうちの誰かが日本のリーダーになる。

このため「少子化対策は喫緊の課題だから出産費用を無償にしなければならない」という人がいる一方で「日本の少子化は既定路線だからこれを受け入れて消費税をあげなければならない(だが自分の世代では変えない)」というような支離滅裂な独白を三人分延々と聞かされることになる。日本記者クラブの討論はひどいものだったがNHKはなんとか「討論に見えつつ痛いところは突かない」という曲芸を見せていた。さすがNHKだなと思った。

菅官房長官のデジタル庁についての説明は特に痛々しかった。日本のデジタル化の鍵はマイナンバーカードだが各省庁が権限を握っているのでなかなか前に進まない。だからデジタル庁を作ってマイナンバーカード政策を推進すべきだといったらしい。ほとんど中身を聞いていなかったので「本当にこんなことをいったのか?」と思ったのだが、通信社がまとめているからそうなんだろうと思った。業務効率化という目的意識は失われ手段にすぎないマイナンバーカードが自己目的化している。だが国家ビジョンが作れない地方議会出身の菅候補はそれに気が付けない。

菅官房長官は第一次安倍政権では総務大臣だった。マイナンバーは総務省の管轄なので「他省庁が既得権を持ってマイナンバーを邪魔している」という被害者意識があるのかもしれない。官僚は色々な懸案事項をあげてくるわけだがおそらく菅官房長官にはよく理解できないのだろう。ふるさと納税の時は懸念を表明する官僚を遠ざけて左遷したりしたそうだ。

安倍政権は内閣人事局に権限を集めて自分たちに集めて力づくでいうことを聞かせようとした。とにかく細かいことはわからないからデジタル庁に権限を集めて他の省庁を黙らせようとしているのだろう。

マイナンバーを使って厚生労働省の情報を統合しようとすれば厚生労働省と協力しなければならない。セキュリティ対策を取るためには実際のオペレータになる地方自治体との話し合いが欠かせない。政策理解でなく権力統治によって行政を推し進めてきた菅官房長官に「話し合う」という選択肢はなさそうだ。

例えば保健所がファックスで書類を送っていたりマイナンバーと住基ネットのシステムが二重になっていて端末を横に並べて目視で確認するという問題が出ている。絶望的に後進的な状況を克服することが目的であるべきだ。だがそのような視点はない。

このほか安全保障についても無茶苦茶なことになっていた。石破さんはNATOのような集団安全保障体制を日本にも作りたいらしい。これに対して菅官房長官は対中国包囲網になるから認められないと反論していた。ところがそれに続けて日本は日米同盟を基軸にしてゆくべきだといっている。米中は対立しているだからこれも対中国包囲網になってしまう。おそらく菅さんは防衛についても絶望的に知識がないのだろう。内容は理解していないが気が短く抵抗勢力があると権限を自分の元に集めて力でねじ伏せたがる。

おそらく菅さんが言いたかったのは「石破さんは脱日米同盟を目指しているようだがそんなのは認められない」という程度のことだったのだろうがおそらく石破さんのロジックはあまり理解できていないのではないのだろう。もっとこれについて知っている識者は絶叫していた。この方は安倍政権に批判的な人だが、気持ちはよくわかる。素人目にも筋の通っていない議論だと思う。

国会議員は自立・自律しているのでいじめには発展しにくい。だがおそらく下で働く人はなんのために仕事をしているのかわからなくなるだろうなあと思った。また安倍政権のような悲劇がもっとひどい形で繰り返されるのかもしれない。

菅政権は軍の下士官が軍隊を統治するというような悲惨な政権になるのかもしれない。

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