ざっくり解説 時々深掘り

「なんでも中国のせい」の時代

Xで投稿をシェア

カテゴリー:

持続化給付金の中抜きが問題になっている。そんな中で面倒な話が出てきた。中国とリンクした説明を始めた人がいる。中身を読んでゆくと面倒なトラップがいくつか仕掛けてあるのだが「嘘とも言い切れない」ところがポイントである。安倍政権の曖昧な説明が今後安倍政権が終わった後にも禍根を残しそうである。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






まず話の主旨から。政府が持続化給付金の配布スキームを作る時電通を主体にしたグループとデロイトトーマツが比較対象になっていた。デロイト・トーマツは様々な意味で有利だったのだがなぜか選ばれなかった。またその選定基準は黒塗りされていた。これを見ると官僚と電通が何やら悪巧みをしているようだ。井上久男さんは「その裏には知られざる企みがあった」と指摘する。なんとデロイトトーマツの裏には中国の要人が潜んでいるのである!

これだけを読むと「頭の良い」読者は経産省と電通の不正という話を忘れてしまう。とにかく中国に情報が盗まれてしまっては大変だからである。それでも不正を暴こうという人は中国に情報を取られても構わない売国奴だということになる。議論が不正の問題から安保の問題にずれてしまうのだ。よくある「ご飯論法」の一つ争点ずらしだ。

冷静に読むとちょっとおかしい箇所がある。

デロイトAPで全産業向けのサービス戦略を指揮するリーダーに中国人女性、蒋穎氏が就任。蒋氏は、チベット対策など民族、宗教に対する工作などを行う中国共産党中央統一戦線工作部と連携している中国政治協商会議の幹部で、同会議で積極的に発言しているという。関係者によると、父親は上海市の幹部であり、彼女自身も中国共産党内でそれなりの地位にあるという。

持続化給付金関連で政府が「安保発動」か 入札価格が黒塗りの訳

まず、最初に気がつくのが「関係者によると」と「それなりの地位」という漠然とした情報である。さらに、チベットの話が織り込まれているのだが実は持続化給付金とチベットは何も関係がない。話題をエスカレートさせようとしている。

私は中国共産党が新疆ウイグル自治区やチベットを本土並みに扱っているとは思わない。だから中国共産党がなんらかの宣伝活動をしているのだろうとは思うし、さらにそれよりもひどいことをしているのかもしれない。だが、だからといって持続化給付金の件とは関係がないのだから、ここで引き合いに出す必要はない。

これを出す目的は一つ。デロイトトーマツがチベットとなんらかの関係があるかのようににおわせたいからである。だが、よく読むとそんなことは一言も書いていない。これがこの文章の上手なところである。伝聞の過程で「チベット弾圧をしている人がデロイトトーマツにいる」ということになってしまうだろう。

この文章には日経や読売新聞が「中国共産党とデロイトトーマツとの関係を指摘してから」と書かれているのだが、検索した限りではそういう文章は見つからなかった。

代わりに出てきたのは井上さんの別の文章である。2019年の2月にはこれを「指摘」している。ライターというのは問題を掘り起こしてそれがテレビなどで取り上げられることで取材費を回収できることになっている。だから問題は大きいほうがいいのである。「最大手会計事務所「デロイトトーマツ」の国家機密情報が中国に狙われる」というタイトルになっている。日本が危ない!ということだ。

中国人は潜在的にはすべてスパイであると示されている。

特に中国政府が2017年6月、「国家情報法」を制定したことで、日本の政府や企業にも対策が求められる時代になっている。この法律には、中国国民に対する義務規定として、「いかなる組織及び個人も国の情報活動に協力する義務を有する」などとする内容が盛り込まれている。中国人は、国が命じれば海外でも諜報活動をしなければならなくなったと受け取ることができる。同法に反すれば帰国後に拘束される可能性すらある。

最大手会計事務所「デロイトトーマツ」の国家機密情報が中国に狙われる

さらに、くだんの女性がトップについたのだから人事で彼女には逆らえずしたがって情報漏洩を持ちかけられたら部下は断れないだろうという。なんとなくここまでくるとデロイトトーマツ側からなんらかの法的働きかけがあっても不思議ではないなという気さえしてくる。

井上さんのこの記事の要点はおそらく「本当か嘘か証明できない」という点だろう。政府はなんらかの理由で情報開示を拒否している。さらに安倍政権が中国に遠慮していて「本当のことが言えない」のではないかという疑念もある。

さらに、中国が情報戦争をやっているというのもおそらくは間違いがない。中国政府には国際世論が中国の思い通りにならないのは西洋に世論が牛耳られているからだという意識があるようだ。「話語権の奪還」という外交戦略があるそうだ。西洋先進国が「これが問題だ」というとそのまま議題に乗ってしまうというのは中国から見れば面白くはない。そこで中国が強くなればアジェンダ設定件が行使できると考えてしまうのだ。日本のようにゲスト待遇で先進国入りした国にはないものの見方である。

注目すべきなのは、国際社会が流動化し不安定化していることと安倍政権がその対応を誤り国際的な問題を国民に開示できなくなっているという二つの問題がリンクしているという点である。

安倍政権下の「形ばかりの力強さ」では外交的にどっちつかずの対応しかできない。このため政府の決定プロセスを知られるとどちらかの国から文句が出る。だから資料が出せないというのである。これは国民の知る権利を阻害する。さらに「政府が情報を出さないことが当たり前になったほうが都合がいい」人たちがたくさんいる。

情報が伝わらなくなり形ばかりの脅威論が横行すれば安倍政権よりも極端な政権が出てくる可能性があるのだなあと思った。つまり今は非常事態なのだから説明責任など言っているわけではないという人たちが出てくる可能性があると思った。

さらに「世界中でビジネスをしている」ということは中国でもビジネスをやっているだろうから、この理屈だと「安全保障のためには国内の遅れた会社しか使えない」ということになる。こうして日本は貧しくなり、言論界が貧しくなると生活のために脅威論が必要な人が増える。かなり深刻なスパイラルに入ったのではないかと思う。人権を叩くとカウンターの人たちに非難されるが外国の脅威を煽っても文句を言われることはない。

井上久男さん自身はもしかしたら純粋で真面目な方なのかもしれないのだが、結果的には知る権利どころか考える力さえ奪われてしまうかもしれないと感じた。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで