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なぜ中国は独裁国家だと言われるのにアメリカはそう言われないのか

香港の民主化運動鎮圧のために香港行政府が出動した時、多くの日本人は「中国による弾圧である」と抗議した。中国政府はこのことをよくわかっていて人民解放軍の訓練はやったが結局香港には介入しなかった。

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アメリカでジョージ・フロイド氏の殺害をきっかけにした暴動が起きている。トランプ大統領はしきりに軍隊の投入を働きかけているが、この動きはトランプ大統領個人の暴走と捉えられていて「独裁」であると言われることは少ない。国際的な非難もそれほどは集まらず国益にかなっている。

中国だとすぐに独裁だという非難が起こるにもかかわらず、アメリカだとそうはならない。これは公平な評価だと言えるのだろうか。

第一に日本のマスコミにはかなり固定された中国に対するイメージがあるようだ。中国は共産党が支配する独裁国家であるという印象を誰もが持っている。リベラルとされる毎日新聞や朝日新聞も中国共産党への評価は天安門事件で止まったままである。朝日新聞は香港にはジャッキー・チェンなどの親中派がいるがビジネス上仕方なく「中国を支持する言わされているのだろう」と評価する。朝日新聞はそれ以上の取材はしたがらない。

中国独裁国家論の背景には「中国人が何を考えているのかよくわからない」という点もあるのだろう。思考回路が理解できないので「何だか怖い」と思えてしまうのである。一方でトランプ大統領に心理状態はTwitterで丸見えになっている。突発的に何かを呟き揺れ動く言葉がそのまま世間に垂れ流される。なんとなく何を考えているのかがわかるのである。奇妙なことにこれが安心感につながっている。

夜間外出禁止令を破って居座っている平和的な人たちにはマスコミが付いている。当局が禁止したからすなわち全ては悪であるということにはならないのだ。文化的にも民主主義が根付いているといえるだろう。

トランプ大統領が何かを提案してもそれがそのまま受け入れられるとは限らない。アメリカはそれなりに権力分散が機能している。下院は民主党が握っており共和党も大統領のいうことにそのまま追随することはない。

例えばANTIFAをテロ集団に指定するぞとつぶやいても「アメリカでは信条をベースにして団体を取り締まることはできない」というカウンター言論が出てくる。憲法では言論の自由が徹底して擁護されておりこれが安心材料になっている。おそらくこの軍隊の件も「何ができて何ができない」ということが後追いで出てくるだろう。おそらく中国やイランはアメリカのことが非難したくて仕方がない。「一発ぶっ放してくれればいいのに」と考えているかもしれない。世界中で独裁が行われている方が都合が良いのである。だが、アメリカは総体としてはそうはならない。民主主義が機能しているからだ。

今回はワシントンDCにも抗議が及んでいるようだ。トランプ大統領は「法と秩序の大統領である」と演説したようだが実際にはデモ隊に取り囲まれていてその様子は逐一報道されている。アメリカには報道の自由もあるので「強気の発言とは裏腹に一度地下に避難したようだ」というような話も伝わってくる。最新のニュースではどうやら絵を作るために催涙弾を使ってデモ隊を排除したらしい。ワシントン市長も公然と大統領を非難した。

アメリカには様々な形で独裁を防ぐためのセーフティネットを持っている。憲法や議会など制度上作られたものもあれば民意という文化的な土壌もある。おそらく今回の件で「アメリカの民主主義が崩壊する」というようなことは起こらないだろう。おそらくこのレベルのことは何回か経験しているからである。

この両者の仕組みを見ながら日本はどうなのだろうかと考えた。日本にはそれなりの三権分立の仕組みがあるがどうもうまく運用できていないようである。特に議会と行政府は切り分けができていない。どちらも自民党の中の非公式なネットワークが大きな役割を果たしているらしく外から何が起きているのかがうかがい知れない。さらにマスコミも何となく癒着していて本当に都合の悪いことは書かない。

おそらくこれが安倍独裁批判につながっている。

だが、日本では実際には安倍政権が独裁を行うことはできない。制度的には総理大臣・総裁というのは実にいろいろなことができるのだが「縛りあいの文化」があって何もできないことになっている。日本は制度の不足を文化が補っている。例えば9月入学も憲法改正も安倍政権では実現しなかった。どちらも「美しい国へ」にも入っていた安倍総理のライフワークだ。

おそらく日本で問題なのはこの縛りあいの文化がきつすぎることだろう。利権構造を作って利益を守りあうという行為が横行しておりこれが国力の低下を招いている。今回立憲民主党が持続か給付金の中抜きに気がついたようだ。多重請け負い構造の問題に切り込めるか、あるいはまた不発に終わってしまうかで日本の将来は大きく変わるように思える。

アメリカは民主主義の危機の中から市民対話による新しい民主主義の芽が出てきている。日本もそれに続けるかというのが課題になる。おそらく続かなければならないのだろうが、できるかどうかは一人一人の行動にかかっているといえるだろう。

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