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黒川弘務の最後 政治は妬み嫉みで動く

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黒川検事長が辞任を決めた。最後の決め手は三権分立でも安倍総理の政治決断でもなく「賭け麻雀」だった。昔から好きだったそうだ。「元記者」が参加した朝日新聞は早々に認めたが産経新聞は取材の一環だからお答えできないとしている。いずれにせよ政治は論理では動かず周りの状況に合わせて水のように流れてゆく。この話も後に何も残らない。黒川さんがどの程度の賭け麻雀をやっていたのかはわからずじまいかもしれない。政府の処分はちょっと注意するという意味の「訓告」だからである。おそらく黒川さんが諸政権との間でどんな役割を果たしていたのかもわからずじまいだろう。民主党政権にも探られたくない事情はあるはずである。

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発端は安倍総理の定年延長決定だった。ストーリー通りに行けば検事総長になり定年延長しなくても良かったのだがなぜか稲田検事総長が道を譲らず無理やりに検事総長になれなかった。「このままでは定年してしまう」ということになり無理な解釈で定年延長したのだった。

安倍総理がなぜ黒川さんを引き止めておきたかったのかはわからない。安倍政権の犯罪行為を隠蔽しようとしているという声まで出ているのだが、黒川さん自体は民主党政権でも政権と検察組織の橋渡しになっていたようである。単に話がわかる便利な人を置いておきたかったのかもしれないしあるいは政権との間に秘密の共有があったのかもしれない。

ところがこの話を制度問題に結びつけてしまったので「内閣が検察に介入するのではないか」とまで話が拡大した。おそらく法務省の理屈が理解できなくなっている安倍政権にはこの何が問題なのかよくわかっていなかったのではないかと思う。そもそも三権分立とかチェックアンドバランスという憲法の基礎になっている概念をおそらく安倍総理は理解していないはずである。まず森雅子法務大臣が壊れ法務省の説明も迷走した。トップの脳が停止状態に陥りそれが組織を麻痺させようとしていたのである。

新型コロナ禍の最中に言えるのは黒川さんが去っても脳死状態の政権は残り続け我々の命に関わる決定を下し続けるということだ。我々ができるのはせいぜい手洗いとマスクの着用くらいしかない。

議会が叫ぼうがTwitterの民意が盛り上ろうがこの動きが政権の心を動かすことはなかった。総理大臣は「よく理解してもらえていないからだ」と主張し続けた。おそらく高校生レベルの政治がわかっているくらいの人は「安倍政権が高校生レベルの知識も理解できない」ということ、つまり安倍政権が暴走しているということに気がついたはずである。と同時に「自分たちはその暴走を指をくわえて見ているしかないのだ」ということも感じたはずである。

日本の議会にはリコール規定がない。つまり住民が「あ、この政権はヤバい」と感じても止めることができない。これまで我々が考えてきたのは「悪に染まった政権が国民を抑圧する」という暴走だった。だが、実際には三権分立を理解できない程度の総理大臣が自分の感覚だけで政治を動かそうとしている。それを政党も国民も止められないという「バカによる暴走」だった。つまり日本の憲法は「バカが政治を行う」ことを想定していないのである。

だが、日本の政治は日本なりの統治機構でこの暴走をあっけなく止めてしまった。それが嫉妬である。極めて序列意識が強い日本社会で「黒川さんだけが特別扱いされるのはずるい」と感じた人がいた。それが新聞社を通じてのリークにつながったのだろう。週刊文春はこの嫉妬を商品にしており、それが日本の政治を動かす。論理的な法学者もジャーナリストでもない。嫉妬に敏感な大衆が政治を動かしているのだ。

人事を掌握して長期政権になった安倍政権は人事からくる嫉妬によって終末を迎えている。「意見交換会だったことにしよう」という声があったそうだが、国会内部にも検察にも空気ができていたようだ。「ああ、黒川さんがいなくなれば全て丸く収まる」ということになっていたのだろう。安倍総理大臣は近畿地方の緊急自体宣言解除の会見をやらなかった。

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