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ポピュリストは国民投票をやりたがる

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左翼も右翼もポピュリストがいっぱいだ。だが、誰が本当のポピュリストなのかわからない。そこで図書館で「ポピュリズムとは何か」という本を見つけた。少し古くて2016年に書かれた本である。

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ドイツ人政治学者、ヤン=ヴェルナー・ミュラーが書いたこの本は「ポピュリスト」をかなり厳格に規定している。反エリート主義であるだけではポピュリストとは言えず、反多元的でなければならないと言うのだ。本を読み進めると、ヤン=ヴェルナー・ミュラーの要点はポピュリスト批判ではなく「多元主義(平たい言葉で言えば多様化)」であることがわかってくる。

反多元的という言い方はわかりにくいが、多様性の排除と言い換えても間違いではないと思う。例えば住民投票をやって51%が勝ったから「49%を排除して」これが100%の民意だという人がいるが、これは反多元的な考えた方である。そもそも49%の中にも多様な意見があるはずだ。ヤン=ヴェルナー・ミュラーはこれを民主主義の失敗と見なしているようである。

ポピュリストは大衆に向かって自分は100%大衆を代表しているというのだが、彼らの言う大衆はポピュリストが規定したものである。そしてそれを51%以上の人たちに確認させるために、多数派が「イエスと言いやすい」質問する。そしてそこから外れる人たちを攻撃し結束を強める。これがポピュリズムの排除の仕組みである。

だから、ポピュリストは国民投票(本ではレファレンダムと書かれている)をやりたがる。大衆がすでに持っている答えを提示してあたかも全体に対して同意を得たような演出を行い「みんなが私を支持しているのである」という言い方を好むのだ。

レファレンダムを好むのはポピュリストが議会による多様な意見のすり合わせを嫌うからだ。そして、ヤン=ヴェルナー・ミュラーはその欲求はやがて憲法の改変につながってゆくとしている。

ポピュリストは民主主義を否定して権力を引き受けるようなことはしない。現行の民主主義を「ハック」して(ヤン=ヴェルナー・ミュラーはハックとは書いていないが)利用する道を模索するのである。

ここまで読んでくると安倍政権のやり方があまりにもあからさまに「ポピュリスト的」なので思わず笑ってしまう。ただ、ヤン=ヴェルナー・ミュラー自身は「日本に関しては素人なので言及しない」としている。我々が今見ているように、安倍政権とは複雑化した問題に関する単純な答えであり、それゆえに「これまで政治がわからなかった」という大衆から一定の支持を受けている。つまり、有権者のレベルで複雑性への拒絶反応が広がっているのだろう。

この住民投票と憲法の項目に「道徳的な」という言葉が出てくる。人民を代表する勢力が永遠に国民を代表するのはいいことである(道徳的に正しい)というような言い方をする。この道徳による判断も複雑さの理解を諦めた時に人間が起こすリアクションの一つである。トランプ大統領もよく「GoodとかBad」という道徳的な価値判断を使いたがり、多国間協議のような話し合いを好まない。これも多元性排除である。ポピュリストたちはとにかく調整が嫌いだが、これは人間の価値判断の限界に原因がありそうだ。つまり、複雑な状況に直面すると人は合理的に判断するのをやめて、多数決や道徳に頼るのである。

ここまで見ると安倍政権はポピュリズムだから排除すべきなのではと思うのだが、この本を安倍政権の排除やトランプ政権の打倒につなげることはできない。ヤン=ヴェルナー・ミュラーはポピュリストを政治から排除することはできないし、やるべきでもないとしているからである。

ポピュリストたちが台頭してくる裏にはそれなりの問題があるわけで、それに耳を傾けて対応するのも民主主義の役割であろうと言っている。日本風に言えば「他人の土俵に乗るな」ということになるのかもしれないし、そもそも「多元性の維持」が本来の目的なのだからポピュリストたちもその多元性の一部ということになるのである。

ここまで見てくると、ヤン=ヴェルナー・ミュラーが日本の立憲民主党が影響を受けていることはわかる。

日本が高度経済成長期にあった時、憲法改正はそれほど重要な政治的テーマではなかった。うまくいっている時、人々はあまり憲法や政治システムを意識しない。

バブルが崩壊し自民党が自浄作用を失ってゆく中で浮動票を取り込まざるをえなくなる。結果的に「大衆」を規定しその枠内にいる人たちに敵を提示することで一定の政権浮揚を図ったのが現在の自民党である。つまり、現在のポピュリズムは原因ではなく結果なので、これを取り除いても脅威が去ったことにはならない。むしろ行き詰まりの根本原因を探るべきなのだろう。

しかし、行き詰ったシステムが意思決定をしているわけだから、そのまま動かして行けばやがて破綻するだろう。つまり、ポピュリズムゆえにシステムが破綻するのではなく、政治的意思決定能力を失ったシステムがポピュリズムを生み出し、それが全体を破綻させかねないのだということになる。

この本を読んでもいくつかわからない点があった。日本のポピュリズムは一定の広がりは持っているが、大きく燃え上がってシステム全体を飲み込んだりはしない。実際に国を動かしているのは現状を変えたくないという人々であり、ポピュリズムはそれに利用されているだけである。正義や民主主義的理想がポピュリズムを抑えているわけではないのだが、なんらかの抑制機能が働いていることは確かなようだ。だが、それがどこにあって、どんな形をしているのかということがよくわからない。

いずれにせよ立憲民主主義を擁護して多様性を大事にしたいという人はぜひ一度読んでみると良いと思う。「ポピュリズムとは何か」はそれほど長くない本なので読み通すこと自体はそれほど難しくないはずである。

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