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未来投資会議という新たな火薬庫と<竹中平蔵>という亡国の記号

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未来投資会議といういかにも怪しげな会議が始まった。日本の社会保障制度は行き詰まりが見えているので、誰かが「年金を諦めて働いてくれ」と言わなければならない。安倍首相はその役割をまたしても会議に丸投げしてしまったのである。ここで出てきたのが竹中平蔵氏である。竹中さんといえばもはやある種のフラグになっている。この人が関わるものはことごとく怪しい香りがするのである。ただ、竹中さんそのものが悪いのではないのかもしれないという気がする。<竹中平蔵>はある種の記号のような存在になっている。

この未来投資会議の答申は国会で問題になるだろう。だが、本質的な指摘にはならず感情的なバラエティネタで終わってしまうはずだ。今の野党には自民党に代わるビジョンを提示できる力はなく、過労死遺族を国会で泣かせるくらいのパフォーマンスしかできないだろう。

日本の厚生労働行政は持続不可能になりつつある。これをを無理やりに一つにするためには矛盾を隠蔽する装置が必要だ。<竹中平蔵>はそのための装置になっているのであろう。つまり、竹中さんという個人が問題ではないということになる。竹中さんにはいくつかの特徴がある。学者でありパソナという私企業の経営にも携わっている。さらに政府ともパイプがある。これらの顔を使い分けることで便利に使える装置なのだ。

この<竹中平蔵>という装置を理解する上で重要なのはパソナである。パソナは第二の厚生労働省であり、竹中さんはそこの大臣なのである。厚生労働省は労働と福利厚生を扱っている。しかし、自民党の人たちは人権を邪悪なものとして捉えているので福利厚生を取り除いた労働法制度を整備したい。そこでは厚生は扱わない。つまり、パソナは第二労働省ということになる。

パソナは東京オリンピックにも関わっている。事務費用についていやにシビアなので何かあるんだろうなと思っていたら、研修はパソナが担当するのだそうだ。彼らは事務管理費用を減らしてできるだけ手元にお金を残したいのだろう。交通費も一律にして事務管理費がかからないようにしようとしているようである。労働者にはお金が行かないわけで、そこから儲けられるだけ儲けようという姿勢には清々しいまでの卑しさが感じられる。パソナはオリンピックでボランティアを使ったイベントが増えるだろうとビジネスチャンスの拡大にまで期待しているようである。

オリンピックを下支えするためには労働が必要なのだが、そこにはお金は出したくない。だが、管理は必要になる。パソナと自民党にとってオリンピックでは第二労働省が機能するかどうかのパイロットプロジェクトなのだという「お話」が作れる。

これを一歩進めて、未来投資会議はパソナにとって巨大なビジネスチャンスになるだろう。年金が支払われると考えていた労働者たちは或る日突然「年金はあと10年は支払われませんよ」と言われることになる。その間を埋めなければならない労働者たちは継続雇用を求めるのだろうが、企業の方としても高い給料をとっている高齢者は早く手放したい。パソナがあれば、研修を受けさせてあげるからこれまでよりも低い給料で働けと通告できる。企業にとってもパソナにとってもWin-Winなわけである。安倍首相にとっては年金支出を削減し企業にも恩を売れる。政府や産業にとって、パソナへの投資はまさに未来への賢い投資だ。

自由主義経済であれば人材が足りなくなると人件費が上がる。しかし日本では経済スクラムがある。政府、企業、派遣会社が結びついていて組織的に人件費が上がるのを防いでいる。野口悠紀雄によると、円安になると輸出企業は交易条件がよくなる(国内人件費は抑えられて海外では品物が高く売れる)そうだ。しかし、国内では政・産スクラムがあるので人件費をあげる必要はない。しかし輸入品の価格は高止まりするので国内の人々の暮らしは悪くなり消費が低迷する。もはやそこには官僚すら入れない。

もちろん弊害は出ている。現業を担う人たちが足りなくなっている。ホワイトカラーに加えて、福利厚生なき人事を担当するパソナにも多額の支払いが必要になる。彼らは実務には携わらないので「生産性が低い」。この「生産性(正確には生産物の価値を付与するための寄与率)が低い」人たちに多額のお金を支払わなければならないうえに、彼らの将来の心配もしなければならないので、実際に手や足を動かして製品やサービスに価値をつける人たちにお金が回らないのである。だから誰も現場には行きたがらない。だから、人材が不足するのだ。だから、大学を卒業した人たちはみなホワイトカラーになりたがる。そのため授業を放棄してホワイトカラーのインターンシップに参加する。手を動かす仕事に就くのは日本では不利なのだ。

パソナなどの大手派遣業が問題なのはなぜだろうか。大量生産・大量消費型の社会では大手が加わることで規模の経済が働き価格が安くなる。しかし、派遣は本来は人事サービス業なので大手になってもかかる手間が減ることはない。労働者やクライアントによって解決すべき問題が変わってくるからだ。日本は製造業のマインドセットを持ったままサービス産業社会に突入してしまったためにこのことが十分に理解できていないのではないかと思われる。

派遣業界に市場競争が働いているなら労働者の獲得にある程度の市場原理が働くはずなのだが、独占や寡占が起こると派遣労働者への分配を減らすか、教育などをやめて経費を減らすことができるようになる。ただ、今の所この変化は見えにくい。いわゆる一般派遣が解禁さればかりなので統計上トレンドが取れない。(一般社団法人日本人材派遣協会)効率化が図られにくい特定派遣は最近減り始めて一般派遣が増えているようではあるが、これも経済の状況によって変化するだろう。派遣は「本質的な悪」ではない。派遣が管理する人事管理費用はそもそも「間接経費」であり価値の付加に直接寄与しにくい上に、規模の経済も働きにくい点が問題なのである。

この結果、労働側から企業への所得転移が起きている。パソナや大手企業の本社がない地方にはさらにお金が回らなくなっているようだ。しかし高齢者は最初から貯蓄を食いつぶすつもりで貯蓄をしてきている上に、現役の労働者は分配が十分でない状態がデフォルトなので、所得転移が起きていることに気がつきにくい。このため安倍政権への支持はある程度下がったらこれ以上は下がらないようになっている。若手の中にはさらに安倍政権と自民党に期待する動きも広がっている。

国が経済成長するにあって労働者への分配が欠かせないのは間違いがない。国民が余裕を持つことによって新しい製品が市場に受け入れられ、将来の納税者である子供を作ることもできるからである。だが、安倍政権は絶対に労働者の代表を会議に加えることはない。普段からの言動を見ていると、インテリ左翼層に深い恨みを持っているようだ。憲法問題では憲法学者を嫌い、社民党や共産党の女性議員にはことさらに侮蔑的になる。さらに民主党や社民党を支持している労働組合は正規労働者の組合であり、今ではもはや労働貴族とすら言える。実際に国の助けを必要としているような人たちには政治に参加する余裕がない。

竹中平蔵さんは「新しい労働者の代表」として機能している記号と言える。ある時は学者の顔で政府に提言し、実際にそれができる環境を整える。実際の人間としての竹中さんがどのような気持ちでこれをやっているのかはわからないのだが、記号としての<竹中平蔵>は明らかに厚生を扱わない労働相として機能していることになる。天皇から任命されるという栄誉は得られないが、政治的には憲法の制約もない。ただ、福利厚生には明日への投資(将来の世代を育成する)という意味合いと、やる気の涵養という二つの要素がある。これを切り捨てることで国全体としては衰退の方向に向かっているということになる。

竹中さんは安倍首相にとって便利な記号なのだが、これで国全体の矛盾が隠蔽できるわけではない。地方では人件費が高くて人が雇えないという声や後継者がいないという声があり、コンビニや外食は安く使える外国人労働者を入れたいという要望がある。そもそも労働人口が減って行く上に人件費を出し惜しみしているうえに、賃金=消費に回せるお金という基本的な認識すらないのだからこうした声がなくなることはないだろう。またアジアの周辺国では経済成長が起きておりすでに日本は魅力的な労働市場ではなくなりつつある。

安倍政権は憲法を改変することで民主主義と平和主義を無力化しようとしている。また閣外に新しい労働省を作ることで労働者保護を骨抜きにしようとしている。こうした思い切った政策が取れるのは、安倍首相に実務経験がなくまた大臣として実際の行政を取り仕切った経験がないからだろう。知識がないのでしがらみもないのである。そして、恵まれた一部の労働者だけの代表になってしまった野党もこれに対抗することができない。国全体としては悲劇的なことが起きていると言える。

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