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プーチン大統領の申し出を断ったことで日本は何を失ったのか

プーチン大統領が東方経済フォーラムで突然「平和条約を」と提案した。日中露の首脳が集まっている重要な会合だったということと「アメリカの首脳がいなかった」ということが重要である。マスコミは早速「断って正解だった」と言っているのだが、実際には日本はかなり大きなものを失ったと言える。マスコミは失ったものが多いほど日本の<決断>を賞賛することになるだろう。つまり、無力さがわかっているからこそ虚しい言葉を並べることになるのだろう。

プーチン大統領に「そのつもり」がなかったことは明白である。大統領にとって重要だったのは「安倍首相が絶対にYESと言えない場」を作って提案することだったのだろう。安倍首相はアドリブに弱く、あれこれうるさく指図してくるアメリカも耳元で囁く官僚のいない場所では何もできないし、安倍首相が答えられなかったという現場をみんなが見ている。つまり安倍首相は衆人環視の元で「日本はロシアとの間に平和的な関係を結ぶ意思がない」ということを宣言してしまったわけである。だからロシアは北方領土交渉などする必要もなくなったわけである。

日本のマスコミはロシアが状況を固定化しているなどと言っているが、そもそも平和構築の意思がないのに領土交渉に応じる義理はない。その意味ではロシアは日本を経済的にも見限ったことになる。その意味では交渉が始まる前に勝負はついていたのだ。

と同時にプーチン大統領は「自分がこの程度の思いつきは言えるくらいにロシアの内政を掌握している」ということを海外と国内に見せつけることができる。裏を返せば「安倍首相はこの程度のことも決められないのか」という弱々しいリーダーだという印象がつく。

安倍首相は「その他大勢」の一人として扱われた。プーチン大統領は安倍首相との会合には遅刻して現れた。東方の州知事らと階段するために安倍首相を後回しにしたようだ。習近平主席とは一緒にブリニと呼ばれるロシア式パンケーキを作って「親密さ」をアピールした。ファーストネームを呼べば親密さがアピールできると考えているコミュニケーション能力の低い安倍首相と違って、習近平主席もプーチン大統領もアピール能力に長けている。

このことからプーチン大統領が誰を意識して動いているのかがわかる。大統領はロシア国内向けのアピールのためにこのフォーラムを利用しているのである。

ブリヌイについて調べてみると面白いことがわかる。長い冬が終わって春を迎えるお祝いの料理であり、太陽を模している丸い感じが「円満さ」を象徴するのだという。世界の人は「単なるホットケーキだろ」と思うかもしれないのだが、ロシア国内では「円満な平和維持の意思を両首脳が確認した」ということが言葉抜きでわかる。これを日本流に翻訳すると「両首脳が一緒に餅つきをしている」のと同じ感じになるのだろう。両者が心を合わせて新しい時代が来る準備をしているという絵がすぐさま思い浮かぶだろう。外国人がわざわざ効率の悪い木の道具で米をすりつぶしていると考えても、日本ではこれがアピールになる。それが文化の力であり、単なる日常のありふれた光景であるからこそ、強い儀式力を持つ。ただ中国もこれが表面上の親しさのアピールであれば応じなかったはずなので実利的な提案が背景にあるのだろう。

プーチン大統領はこのことがわかっていて中国との関係をアピールしたのだから「突然キレて」日本に平和交渉を提案するようなことがあるわけはないのである。

これは我々日本人が持っている「ロシア観」や「大陸観」と異なっている。日本人はロシアをずるい国と皆したがるのだが、ロシア人はビジネスでも個人間の関係を大切にする。アメリカのような司法制度のように整った司法条約に基づいた契約文化ではない。大陸には諸民族が入り乱れておりお互いに殺し合うこともあるが、普段は通商を通じて交流する必要がある。だから、言語の違いなどを乗り越えて個人と個人の間で親密さを確認し合う必要がある。そのためには言葉は信頼できないので、時にはお互いに妥協することで内面的な親密さを築き上げてゆくしかない。

こうした文化は大陸では広く共有されていて、例えば韓国のバラエティを見ていてもこのことはわかる。ヒョンと呼ばれる兄貴分を作っていうことを聞いたり、時には物をねだったりわがままを行ったりして親密さを築き上げてゆく。これが日本流の表向きは調和を演出しつつ心の中では距離をとるという独特のやり方と異なっている。日本人は辛いことがあっても相手に言わないことがある。これが美徳とされるのだが、大陸諸国では「苦労を共有できるほどには親密さが育っておらず、いつまでたっても距離を感じる」というように見えてしまう。

プーチン大統領のプライオリティは単純だ。開発の遅れている東方を経済的に豊かにしなければならない。そのためには外国からの投資が必要である。しかし、単に投資をしてもらうだけではダメで、平和的な枠組みが保障されて「真に心が通った」パートナーでなければならない。

日本はロシアとの関係をないがしろにしてきた。日本が戦後一貫してこだわり続けているのは北方四島である。もちろん日本の終戦が確実になってから「ずるいやり方」で占領されたのは間違いがなく、感情的には戻ってきて欲しいと思うのだが、相手からすれば「島さえ戻って来ればあとはどうなってもよいのか」と思われかねない。ロシアからすれば島を返還してアメリカに基地でも作られたら大失策になるのだが、自分のことしか考えていない日本は相手のの気持ちを思いやる考えはなく、いつも自分の要求を押し付けてくるわがままな国にしか映らない。

さらに安倍首相はことさら中国を敵視してアメリカやオーストラリアに擦り寄り国内で憲法改正問題を煽り続けている扇動的なリーダーに映っているのかもしれない。アメリカの機嫌ばかりを気にして自分では何も決められないし、国内世論をまとめるリーダーシップもない。こうしたリーダーが侮られるのも無理からぬことであろう。

しかし日本は自分たちの国のリーダーがバカにされているという事実を認めたくない。そこで「北方領土の問題を固定化しようとしているのだ」とか「プーチンは焦っている」とか「プーチンにはもともと遅刻癖があるのだから日本がバカにされたわけではない」と言い繕っている。

安倍首相の外交センスのなさが国際的な舞台で露見してしまったことによって、日本の外交はさらに停滞するだろう。アメリカ抜きでは何も決められず自分の意見を持たない国を相手にしても仕方がないと周囲に向かって宣言できるからだ。

つまり、平和条約に前向きな姿勢を示さないことで日本が失ったのは外交的なプレゼンスであると言える。これからは大陸諸国(北朝鮮を含めて)から日本が何かを勝ち取ることを難しくなるだろう。すると日本はアメリカに依存するしかなくなる。これはアメリカにとっても大チャンスだ。FTAなどで過度な要求を混ぜ込んでも日本はノーと言えないからである。

安定期には同盟関係のある国との関係を重要視すべきだが、一国が主導権を取れなくなったり、枠組みが流動的になった時には「ピボット戦略」が有効である。つまり、同盟関係を固定せずリスクヘッジのために流動的な関係を構築するわけだ。これで成功しつつあるのが北朝鮮である。中国から経済支援を勝ち取ろうとする一方でアメリカとの間には安全保障の枠組みが作れればよい。日本からみれば「ずるい」やり方であるが構造がはっきりしない世界では「賢い」やり方でもある。

日本は一方的なアメリカ依存から脱却する必要があり、そのためには大陸諸国のやり方を学ぶ必要がある。流動化する世界情勢を把握した上でものごとを分析するのもマスコミの仕事のはずだが、次から次へと入ってくるニュースを処理することに忙しく大きな枠組みについて考える余裕がないのかもしれない。

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