メドベージェフ前大統領・前首相が「北方領土交渉は儀式だった」と述懐

ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに日露関係も大きく崩れている。そんななかメドベージェフ前大統領・前首相が「北方領土交渉は無意味だった」と告白した。ロシア側が日本との交渉にうんざりしていたのだろうということがわかり興味深い。

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安倍首相はなぜ東方経済フォーラムであのような失態を犯してしまったのか

ロシアが突然首脳会談の場で平和条約を持ち出してから1日が経過した。マスコミもTwitterもあまりこの問題に興味がないようだ。この「目の前で何が起きているのかわからない」という状況がとても恐ろしいと思う。ゲームのルールがわかっていればどちらの選択肢をとったとしてもそれはゲームの一環なのだが、そもそもこれがゲームだとわからなければ絶対に勝つことはできないからである。

まずプーチン大統領の真意をおさらいしよう。極東のインフラ整備をするためには外資の導入が必要である。中国はすでに関心を示しており外交的なインフラもある。意外なことに習近平主席は初めての参加だったようだ。だが、日本は領土のことばかりを言い立てて協力も中途半端だ。そこでロシアは「日本にとって北方領土と極東開発のどちらが大切なのですか?」と聞いたのである。北方領土にこだわるなら極東開発の現場にはいていただかなくても結構だと首脳たちがいる現場で確認された。それに安倍首相は「ヘラヘラとした笑い」で答えたということになる。

ただこの件について安倍首相だけが悪いとも言い切れない。日本の外交筋もロシアの真意を外交チャネルを通じて探るという方針からわかるように、外交筋もロシアの意図が理解できていなかった。ロシアの真意は明確で、ロシアにはもはや領土問題を解決するつもりはない。棚上げした上でロシアの経済開発に参加したいならその意思を明確にしてほしいという姿勢を示している。

ロシアのみならず発展途上の国の中核的な興味は経済問題である。ただ、ロシアや中国は国際政治上で特別な位置にある発展途上国なので、その開発規模が違っている。日本にパイプラインを引いてガスを供給したり、朝鮮半島に鉄道を引いて韓国と直接結ぶというように巨大なインフラを作って自前の経済圏を確保しようとしている。だから、領土問題や安全保障問題が付随してくるのである。Twitterのつぶやきを読んでいると、これが理解できている人と理解できていない人がいるようである。この文章で「日本人はわかっていない」と書かないのは、実はこれがちゃんと理解できている人は専門家もそうでない人もたくさんいるからである。

その中で、北方領土問題は「とても面倒」なことになっている。日本はアメリカとの間で一体的な安全保障同盟を形成しているために、北方領土を引き渡すと同時にアメリカに基地を作られる可能性がある。オセロゲームで「隅にあるそのコマを黒から白にひっくり返してほしい」と言われているようなものなのだ。小さな島(歯舞色丹)くらいで日本からの膨大な投資が引き出せれば良かったのだろうが(鈴木宗男さんあたりはそのようなことを言っていたのではないだろうか)そうした思い切った提案をする人はいなくなってしまい、そうした旨味も失われているのだろう。一方、日本では返ってくる具体的な見込みもないのに長い間政治的スローガンとして棚上げにされたという歴史を持っている。

合理的な損得問題として考えれば、石破茂の主張するように国家主権の核である領土問題にこだわってロシアとの経済協力というオプションを放棄したうえでアメリカと一体化する道を歩むのか、それとも主権を実質放棄(とはいえロシアは完全決着を主張して日本政府の面目を潰すことはないだろうが)してロシアとの経済協力を推進して、安全保障の多様化を図るかという選択肢から選べばいいということになる。国際情勢が不安定化しているのだから多様性の確保の方が重要である。だが、日本にとっては象徴化された問題になっており容易に撤退ができない。

日本の戦争観はかなり古いレベルで止まっているので、外国はなんだかよくわからないがある日攻め込んできて日本を占領するかもしれないという潜在的な恐怖心を持っている。仮面ライダーの敵が地球に攻め込む動機がないのと同じである。だから領土問題が出てくると途端にその背景にある事情が読めなくなる人がいる。

その意味でよく引き合いに出されるのがクリミア半島と新疆ウィグルの問題だ。クリミア半島の先端には黒海への出口がある。ロシアのヨーロッパ側の港は冬には凍ってしまうので黒海が重要だ。だが、四方を海に囲まれており海へのアクセスに困らない日本人にはこれが感覚的にわからない。新疆ウィグルも同様で地下資源や漢民族の植民先であるという目先の利益の他に中央アジアへの出口が狭まると困るという問題がある。これも地続きの国境を持たない日本には理解できない問題だ。

「オセロゲーム」の例は突飛に聞こえるのかもしれないのだが、点を占拠することで面を作りたいという意味では国際政治は巨大なオセロゲームになっている。中国はアメリカで稼いだ金を海外に投資してお金が返せないというと「では港をくれ」と言ったりする。ひどい話のように思われるかもしれないが、中国もかつてヨーロッパに同じようなことをされているのでそれに比べればマシと言えるかもしれない。貿易にアヘンを組み込まれて文句を言ったら香港を取られたという話が有名だ。一方で投資に失敗しても拠点さえ取れればよいという単純な話でもないようだ。エチオピアは内陸国であり海への通路を鉄道に頼っている。しかし中国からの投資計画はうまくいっていない。中国としては東側に展開する貿易ルートは作りたいが、かといって金が戻ってこないのは困るということなのだろう。中国は国家をかけて真剣にこのゲームに参加している。

あのフォーラムも巨大なオセロゲームの現場だったと言える。中国はアフリカから中国にかけての通路と経済圏を作ろうという明確な意図を持ってゲームに参加している。北朝鮮と韓国はアメリカと国内事情を念頭において「それなりに距離を取りながら」ゲームに参加したり参加しなかったりしている。鉄道計画が話し合われているそうである。韓国は北朝鮮に阻まれて島国化しているので、ロシアとの出口が確保できなければアメリカ依存からは解放される。モンゴルも同様で中国とロシアに接しているのでこのゲームにお付き合いしなければならないし、これまでもうまく二国の間でバランスを取りながらやってきた。ロシアは中国と協力することでアフリカまでつながる南の通路が手に入れられるかもしれないし、うまくお付き合いすれば国内投資への資金も出してもらえるかもしれない。があまり近づきすぎるとロシア国内に中国利権と経済拠点を作られてしまうかもしれない。

だが、日本の首脳だけがこのゲームに参加しておらず「記者会見でかっこいい画を撮影してもらえれば総裁選で有利に働くかもしれないぞ」と考えている。そしてプーチン大統領から突然「これはゲーム大会なんだけどあなたわかっている?」と言われてしまった。そしてその動揺から「自分たちは真剣勝負の場にいる」ということがわかっていないというのが露見してしまったのである。

ゲームはすでにかなり先に進んでいるのだが、日本人は「1990年代のバブル崩壊からやり直して経済を再び成長軌道に乗せたい」と考えているのかもしれない。だから当時のルールを引きずったままで今まで来ており、ついにはそれが真剣なゲームであるということもわからなくなっているのだろう。

例えて言えば真剣勝負の賭場によくわからない人がふらふらと参加したということになる。安倍首相はつまみ出されかけているのだがこれはまだ親切な方だったのではないかと思う。身ぐるみ剥がされても文句は言えない状況だからだ。真剣勝負の賭場にインスタ映えする写真を撮りに行って怒られたと考えるとわかりやすい。生きて戻ってこれたことに感謝すべきなのかもしれない。

プーチン大統領の申し出を断ったことで日本は何を失ったのか

プーチン大統領が東方経済フォーラムで突然「平和条約を」と提案した。日中露の首脳が集まっている重要な会合だったということと「アメリカの首脳がいなかった」ということが重要である。マスコミは早速「断って正解だった」と言っているのだが、実際には日本はかなり大きなものを失ったと言える。マスコミは失ったものが多いほど日本の<決断>を賞賛することになるだろう。つまり、無力さがわかっているからこそ虚しい言葉を並べることになるのだろう。

プーチン大統領に「そのつもり」がなかったことは明白である。大統領にとって重要だったのは「安倍首相が絶対にYESと言えない場」を作って提案することだったのだろう。安倍首相はアドリブに弱く、あれこれうるさく指図してくるアメリカも耳元で囁く官僚のいない場所では何もできないし、安倍首相が答えられなかったという現場をみんなが見ている。つまり安倍首相は衆人環視の元で「日本はロシアとの間に平和的な関係を結ぶ意思がない」ということを宣言してしまったわけである。だからロシアは北方領土交渉などする必要もなくなったわけである。

日本のマスコミはロシアが状況を固定化しているなどと言っているが、そもそも平和構築の意思がないのに領土交渉に応じる義理はない。その意味ではロシアは日本を経済的にも見限ったことになる。その意味では交渉が始まる前に勝負はついていたのだ。

と同時にプーチン大統領は「自分がこの程度の思いつきは言えるくらいにロシアの内政を掌握している」ということを海外と国内に見せつけることができる。裏を返せば「安倍首相はこの程度のことも決められないのか」という弱々しいリーダーだという印象がつく。

安倍首相は「その他大勢」の一人として扱われた。プーチン大統領は安倍首相との会合には遅刻して現れた。東方の州知事らと階段するために安倍首相を後回しにしたようだ。習近平主席とは一緒にブリニと呼ばれるロシア式パンケーキを作って「親密さ」をアピールした。ファーストネームを呼べば親密さがアピールできると考えているコミュニケーション能力の低い安倍首相と違って、習近平主席もプーチン大統領もアピール能力に長けている。

このことからプーチン大統領が誰を意識して動いているのかがわかる。大統領はロシア国内向けのアピールのためにこのフォーラムを利用しているのである。

ブリヌイについて調べてみると面白いことがわかる。長い冬が終わって春を迎えるお祝いの料理であり、太陽を模している丸い感じが「円満さ」を象徴するのだという。世界の人は「単なるホットケーキだろ」と思うかもしれないのだが、ロシア国内では「円満な平和維持の意思を両首脳が確認した」ということが言葉抜きでわかる。これを日本流に翻訳すると「両首脳が一緒に餅つきをしている」のと同じ感じになるのだろう。両者が心を合わせて新しい時代が来る準備をしているという絵がすぐさま思い浮かぶだろう。外国人がわざわざ効率の悪い木の道具で米をすりつぶしていると考えても、日本ではこれがアピールになる。それが文化の力であり、単なる日常のありふれた光景であるからこそ、強い儀式力を持つ。ただ中国もこれが表面上の親しさのアピールであれば応じなかったはずなので実利的な提案が背景にあるのだろう。

プーチン大統領はこのことがわかっていて中国との関係をアピールしたのだから「突然キレて」日本に平和交渉を提案するようなことがあるわけはないのである。

これは我々日本人が持っている「ロシア観」や「大陸観」と異なっている。日本人はロシアをずるい国と皆したがるのだが、ロシア人はビジネスでも個人間の関係を大切にする。アメリカのような司法制度のように整った司法条約に基づいた契約文化ではない。大陸には諸民族が入り乱れておりお互いに殺し合うこともあるが、普段は通商を通じて交流する必要がある。だから、言語の違いなどを乗り越えて個人と個人の間で親密さを確認し合う必要がある。そのためには言葉は信頼できないので、時にはお互いに妥協することで内面的な親密さを築き上げてゆくしかない。

こうした文化は大陸では広く共有されていて、例えば韓国のバラエティを見ていてもこのことはわかる。ヒョンと呼ばれる兄貴分を作っていうことを聞いたり、時には物をねだったりわがままを行ったりして親密さを築き上げてゆく。これが日本流の表向きは調和を演出しつつ心の中では距離をとるという独特のやり方と異なっている。日本人は辛いことがあっても相手に言わないことがある。これが美徳とされるのだが、大陸諸国では「苦労を共有できるほどには親密さが育っておらず、いつまでたっても距離を感じる」というように見えてしまう。

プーチン大統領のプライオリティは単純だ。開発の遅れている東方を経済的に豊かにしなければならない。そのためには外国からの投資が必要である。しかし、単に投資をしてもらうだけではダメで、平和的な枠組みが保障されて「真に心が通った」パートナーでなければならない。

日本はロシアとの関係をないがしろにしてきた。日本が戦後一貫してこだわり続けているのは北方四島である。もちろん日本の終戦が確実になってから「ずるいやり方」で占領されたのは間違いがなく、感情的には戻ってきて欲しいと思うのだが、相手からすれば「島さえ戻って来ればあとはどうなってもよいのか」と思われかねない。ロシアからすれば島を返還してアメリカに基地でも作られたら大失策になるのだが、自分のことしか考えていない日本は相手のの気持ちを思いやる考えはなく、いつも自分の要求を押し付けてくるわがままな国にしか映らない。

さらに安倍首相はことさら中国を敵視してアメリカやオーストラリアに擦り寄り国内で憲法改正問題を煽り続けている扇動的なリーダーに映っているのかもしれない。アメリカの機嫌ばかりを気にして自分では何も決められないし、国内世論をまとめるリーダーシップもない。こうしたリーダーが侮られるのも無理からぬことであろう。

しかし日本は自分たちの国のリーダーがバカにされているという事実を認めたくない。そこで「北方領土の問題を固定化しようとしているのだ」とか「プーチンは焦っている」とか「プーチンにはもともと遅刻癖があるのだから日本がバカにされたわけではない」と言い繕っている。

安倍首相の外交センスのなさが国際的な舞台で露見してしまったことによって、日本の外交はさらに停滞するだろう。アメリカ抜きでは何も決められず自分の意見を持たない国を相手にしても仕方がないと周囲に向かって宣言できるからだ。

つまり、平和条約に前向きな姿勢を示さないことで日本が失ったのは外交的なプレゼンスであると言える。これからは大陸諸国(北朝鮮を含めて)から日本が何かを勝ち取ることを難しくなるだろう。すると日本はアメリカに依存するしかなくなる。これはアメリカにとっても大チャンスだ。FTAなどで過度な要求を混ぜ込んでも日本はノーと言えないからである。

安定期には同盟関係のある国との関係を重要視すべきだが、一国が主導権を取れなくなったり、枠組みが流動的になった時には「ピボット戦略」が有効である。つまり、同盟関係を固定せずリスクヘッジのために流動的な関係を構築するわけだ。これで成功しつつあるのが北朝鮮である。中国から経済支援を勝ち取ろうとする一方でアメリカとの間には安全保障の枠組みが作れればよい。日本からみれば「ずるい」やり方であるが構造がはっきりしない世界では「賢い」やり方でもある。

日本は一方的なアメリカ依存から脱却する必要があり、そのためには大陸諸国のやり方を学ぶ必要がある。流動化する世界情勢を把握した上でものごとを分析するのもマスコミの仕事のはずだが、次から次へと入ってくるニュースを処理することに忙しく大きな枠組みについて考える余裕がないのかもしれない。