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薬不足に電子処方箋システムの停止 劣化する厚生労働行政

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「熟議の」と与野党が称賛する臨時国会が終わった。各政党から票目当てのバラマキ提案が乱発されるなか根本的な経済政策は「今から準備します」という残念な国会だった。

そんななか、全く別の問題がいくつか持ち上がっている。これまでは農林水産業で目立っていた政府の行政機能の低下がついに厚生労働省の分野にまで波及しつつあるようだ。石破政権の真の政治課題は「経済のブースト」ではなく「システム崩壊を抑制し現状を維持すること」なのかもしれない。

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各政党から様々な「無料」提案が出ている。これを読んであるマーケティング法則を思い出した。

有権者はさまざまな支援提案の中から「どの政党を支援するのが最もトク」なのか選ばなければならないが、結果的に生活が良くなったという実感が得られない。成果が出ないのに選択肢ばかりが増殖すると「選択のパラドックス」という状態になる。企業はこれを防ぐために商品ラインナップを整理して顧客の心理的負荷を軽くべきだと言われている。

そろそろ有権者は政策乱発そのものに反感を覚えるかもしれない。

たくさんの選択肢が提示されるとイライラする現象は、脳科学や心理学で「選択のパラドックス」(The Paradox of Choice)として知られています。この現象にはいくつかの脳科学的な理由があります。

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そんななか厚生労働省関連で気になるニュースを見つけた。

電子処方箋システムが19日から停止している。製薬会社が薬のデータを入れ間違えたせいで19日からシステムが止まっている。24日までに再開したい考えだったそうだが点検が間に合わなかった。個人的なシステム運用の経験から「人は間違えるものだ」とは思うものの、間違った薬を渡してしまうと医療事故につながりかねないという深刻な事態でもあると感じる。

厚労省が全国の医療機関や薬局計約4万4000機関にシステムの一斉点検を要請したが、全ての確認が終わらなかったという。

電子処方箋の発行停止期間を延長、システム一斉点検終わらず…厚生労働省(読売新聞)

そういえば「インフルエンザの薬が足りない」というニュースを見たなと思い調べてみた。ニュースでは医療関係者が「なんでこんな事態が起きたのかわからないが発展途上国みたいだよねと話題になった」などと語っていた。

その後のテレビ局(在阪のMBS)の取材で原因がわかってきた。まず、ジェネリック医薬品会社の問題があるそうだ。

ジェネリック医薬品をめぐっては、過去に“不祥事”がありました。2020年、小林化工が製造した薬に“本来は入っているはずがない”睡眠導入剤が混入し、服用した2人が死亡しました。また2021年以降、ジェネリック医薬品メーカーの不正が発覚して処分が相次ぎ、生産能力が低下していったということもあります。

【薬不足の3つのワケ】ジェネリック・増産・取引習慣…医薬品全体に関係する「構造的な問題」が背景に!?患者側ができることは?【インフルエンザ流行】(TBS NewsDig)

ただ、単にジェネリック医薬品会社がしっかりしていないというような問題でもないようだ。円安や人件費高騰などでジェネリック医薬品が儲かりにくい構造ができつつあるという。

ビジネス的な観点では、そもそも「ジェネリックは儲からない」と、坂巻氏は指摘します。というのも、国が決める「薬価」が下がってきているということです。国は市場価格を調査して決定するため、競争原理が働き、薬価は下がる傾向にあります。一方で、原価・輸送コスト・人件費の高騰で「生産コスト」は上がっているため、ジェネリックビジネスから撤退する企業も増えてきているようです。産婦人科医の丸田佳奈氏は「ジェネリックは、95~98%が仕入れ値だと言われるぐらい、本当に儲けにならないものもある」と話します。

【薬不足の3つのワケ】ジェネリック・増産・取引習慣…医薬品全体に関係する「構造的な問題」が背景に!?患者側ができることは?【インフルエンザ流行】(TBS NewsDig)

だがすべてジェネリック医薬品だけが不足しているというわけでもないようなので既存の薬の製造販売においても日本の優先順位は下がっているかもしれない。アメリカ合衆国では薬価の高騰が起きている。製薬会社が利益を優先するならば儲からない日本向けを減らして儲かるアメリカ向けの製造を増やすだろう。

今回はたまたまMBSの記事を見つけたのでこれをもとに構成したが、おそらく実際に何が起きているのかの解明が進むのはこれからだろう。

自民党・公明党政権はアベノミクスを堤防にして様々な矛盾を抑え込んできたが、その堤防は「決壊寸前」になっている。その大きな副作用が円安だ。これによりコストプッシュ型のインフレが加速しついに製薬業にも影響を与えつつあるということになる。ただし日銀は利上げタイミングにも苦慮しており春闘の行方を見守っている状況だ。

医薬品製造会社は本業の薬で儲からない。その上面倒なシステム管理の手間まで押し付けられている。厚生労働省がきちんと登録をチェックしていれば防げたかもしれないのだが十分なチェック体制は整えずに「すべて医療メーカーがきちんと管理し」「間違いがあったら薬局がそれを発見する」というユーザー任せの管理方法を導入している。民間であれば考えられないような運用体制が取られていることになる。

おそらく背景にあるのは「自分たちは管理をする立場であって運用の実務には一切かかわらない」という親方日の丸的な態度なのだろう。しかし、システム全体が崩壊を始めるともはや「誰が悪いのか」について問うてもあまり意味はなくなる。円安は確かに厚生労働省の「せい」ではないし薬価抑制は政治の要請だ。

こうした市場の失敗は国家介入の余地が大きい農林水産行政などで問題になっている。場当たり的な農林水産省の方針変更のために酪農家が足りなくなっておりバター不足や生乳不足などが度々話題になる。しかし農林水産省は指導の間違いを認めたくないので輸入には絶対反対の立場を貫いている。

また、最近金融機関で高齢者の財産を狙った犯罪やインサイダー取引疑惑などが盛んに取り沙汰されるようになった。アベノミクスで儲かりにくい構造が定着したために金融機関社員・職員の待遇が低下している。金融機関の社員・職員は普段から投資情報に触れているため自分で給料を増やそうとする。しかし中には失敗する人が出てくる。一方で眼の前にいる高齢者たちは「活用しない」資産を潤沢に持っている。ついつい「だったら自分がこっそり運用してあげようか」という気持ちになるのだろう。

このように様々なところでシステムの崩壊が起きており複合災害的な様相になってきている。こうなると要素を取り出して「どこが(あるいは誰が)悪い」などと言ってみても問題は解決しない。

このことから石破政権が本当に対処すべき課題は「崩壊しつつあるシステムの劣化をどう食い止めるか」なのかもしれない。

ただ石破政権は「これから経済政策を議論します」と蕎麦屋の出前のようなメッセージを発出するだけで危機感は感じられない。また野党も夏の参議院選挙に向けた選挙活動にばかりに熱心で足元のシステムの持続性について関心を持っているかどうかはよくわからない。

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