もう、殺すか殺されるかなのではないか。
ついに電通に強制捜査が入った。新聞社がいろいろな分析をしているのだが、なんだか的外れなのではないかと思いながら見ている。
新聞社は、電通で業務量が増えたのはインターネットが普及して環境が変化したからだと考えているようだ。いっけんまともな分析に聞こえるのだが、これ変じゃないだろうか。インターネットはITの一部であり本来生産性をあげるために存在する。だから、インターネットが普及したら労働生産性は上がり、社員の負担は減るはずなのである。
だが、日本ではIT技術の導入は生産性の上昇には寄与していない。いくつかの理由がある。まず、日本の経営者はITの導入に積極的でなかった。例えばクリエイティブの部署ではグループウェアを導入すれば業務量を減らすことができるはずなのだが、それを導入しようというリーダーシップはなかったようである。
次の理由はIT化にあわせて業務を変えなかったという点が挙げられる。代わりに複雑化した業務にあわせてカスタム化されたソフトウェアを導入した。だから業務量は減らなかった。最近では「業務フローが分からなくなったという職場も増えているようだ。
しかし、これは業務量が爆発的には増えた理由にはならない。
では何があったのか。いくつか思い当たることがある。メールの発達などでいつでも連絡が取れるようになった。そのためにいつでもクライアントからのクレームを受ける可能性が出てきた。つまり気軽に連絡が取れるようになったことで面倒な下請け仕事が増えたことになる。
次にやり直しが簡単にできるように思えるようになった。昔は手作業だったプレゼンもパソコンで修正すれば良いだけになっている。そこにあるものをちょっと動かすだけじゃないかということが主張できるようになったのである。
つまり、IT導入によって業務の合理化は起こらなかっただけでなく、面倒だけが増えたことになる。電通だけでなく思い当たる業種の人は多いのではないだろうか。
こうした事態が起こるのはなぜなのだろうか。
これを考えるためには、なぜクライアントが「決められない」のかを考えてみる必要があるだろう。いろいろ考えた挙句思ったのは「最初から決めるための基準がない」から「決められないのではないかというものだった。
広告を例に考えてみたい。広告が決められるのは決める人が何らかの基準を中に持っているからである。「センス」といってもよいかもしれない。センスがあるからこそその地位にあるといえるわけだ。
もし決める人が内部に何も持っていなかったらどうだろう。何も持っていないわけだからそもそも何も決められない。その意思決定者はなんとかして「本当は何も分からない」ことをごまかさなければならなくなる。そこで時間をかけて「ぎりぎりになるまで悩みました」ということにするわけだ。決めるのに時間がかかっているわけではない。本当は何がいいのか分からないのだ。
やり直しが簡単になったことで締め切りは延びた。業務量が増えれば、結果的には休みがなくなってしまう。これが日本がIT化した結果忙しくなる(理論的な)からくりである。つまり、価値観の源が内側にないからこそ、決められない。決められないから、仕事量が増えるわけだ。だからといってユーザーアンケートをしていも何も分からない。ユーザーも他人の動向をみているだけだからだ。
つまり、コンピュータが導入されれて便利になればなるほど、社員が過労死するリスクが高まるということになってしまう。それは意思決定者が必要なリソースを持っていないからだということになる。
さて、社員が過労死するリスクはこれだけではない。電通の社長は社員に向けて「過労死しないように業務を工夫して業務量を減らしなさい」と言ったらしい。「変だ」という声はあまり聞かれないが、かなり変である。
業務量を減らすためには業務プロセスを見直さなければならないのだが、社員にはそのための権限も知識もない。その権限を持っているのは執行者(英語でいうとエグゼクティブ)の代表である社長のはずである。その社長が社員に業務改善を丸投げするのはどうしてなのだろうか。
それは電通に業務マニュアルがないからなのだろう。実際に電通を支えているのは社員一人ひとりの「業務の工夫」のようなもので、組織的に集約されていないのかもしれない。
電通をカレー屋に例えると、スパイスを混ぜているのは社員であり、社長は何がカレーの味を決めているのかがよく分からないということになる。そこで下手に手を出してしまうと、カレーがビーフシチューや肉じゃがになってしまう可能性もあるのだろう。
高橋まつりさんは死の直前自分が何をしているのかよく分からなくなっていたようだが、多分社長も自分の仕事が何なのかよく分かっていないのだろうと考えられる。だが、社長は自分の業務を自分で決められるので過労死はしない。押しつぶされるのは組み体操の底辺にいる人なのである。