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和牛商品券という愚策から見える自民党の調整能力の劣化

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先日来「和牛商品券」が巷で大反発されている。私も先日は観光業界と補助金の問題を「二階幹事長の陰謀だ」と書いて反発を食らったばかりである。これについて論座でなるほどなと思える論説を見つけた。今は無料公開になっている。元農水省の官僚が書いた「「和牛商品券」という愚策が提案されてしまった理由」という論考である。

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この論考にはかつての自民党の予算取りまとめの様子が描かれている。勝手に図にしてみた。

かつての様子

かつては族議員がいて業界の声を取りまとめていたのだが、族議員は二つの関門を突破する必要があった。

  • 関係省庁の官僚の説得
  • 財務当局(大蔵省)からの査定

このクロスチェックの起源は書かれていないのだがおそらくは戦後日本の政党政治の立ち上がりに影響を受けていると思う。戦前からの既存の政治家に官僚出身者を加えて組み直したのが戦後の吉田体制なのだ。つまり、戦後の自民党政治には政党外官僚と政党内官僚がいたことになる。

ところがここには別のルートがある。政府も税調を持っていて重要なものはここでも審議していたのだそうだ。ここに出てくるのが山中貞則税制調査会長である。税制調査と言っているが要するに調整をしていたのだろう。

この山中の経歴を調べてみた。面白いと思った。岸内閣で大蔵省政務次官をやりこの時に税制について猛勉強しのちに税調のドンと呼ばれたそうである。山中は官僚出身ではないそうだ。おそらくは官僚出身の政治家たちや官僚に相手にされないという苦い思いをしたのだろう。つまり山中はそこに入り込もうと努力をしたことになる。

ここに三つ目のチェックポイントが出てきた。つまり大蔵省に却下されても自民党の内部で敗者復活の仕組みがあったのである。

では、なぜ戦後政治家が具体的な政策を提案できたのか。ここにも企業内競争がある。中選挙区での議員同士の競い合いがあり政策を勉強しなければライバルとの争いに勝てないという事情があったそうだ。

つまり、具体的な政策提案については複数の装置があることになる。面白いのはこのどれもが「制度外制度」であるという点だ。おそらく、試行錯誤の中で自然発生的に生まれたのではないかと考えられる。

  • 関連官庁の官僚による調整
  • 大蔵省による調整
  • 自民党内の敗者復活
  • 中選挙区での競い合い

ではなぜ、このような制度ができたのか。それは日本人が小規模のネットワークを重層的に作り非契約的な個別の関係を好むからではないかと思われる。日本人は合理的な制度は作らない。だがそれは制度がないということを意味しない。それはマニュアルのない時計みたいなもので、一度壊すと復活しない。マニュアルがなく修理ができないからである。

これを参考に今の状況を見てみたい。なぜ混乱するかがわかる。

今回問題になっている和牛商品券は族議員がそのまま「農林・食糧戦略調査会、農林部会合同会議」で提案したものが業界紙に乗ってしまったそうだ。これを指摘されて国会では農林水産大臣が「批判があるのは知っている」とした上で考え直さないと表明したという。内閣も政党も機能していない。それは安倍首相にもともと統治の意思がないからだ。

安倍首相の関心事は二つある。

  • 自分の政権の成果を誇示する宣伝材料を集めること
  • 自分を支えてくれる人たちに好き勝手に暴れ回らさせること

前回の観光産業に対する助成も業界団体が官邸のリサーチで要望したことが一人歩きして大騒ぎになっている。

形としては官邸主導なので総理大臣が全てを取りまとめる形になっている。だが実際には首相村という独立した村があって勝手に利益追求しているだけである。つまり安倍政権というのは「首相という権利を使って自分も村を作るから、あなたたちも自分の領土で好きなことをやっていいよ」という構造の政権なのだ。この文章は「お気に入りの官僚」たちは総理の業績になるような派手なプロジェクトには興味があるが利権の調整などの面倒なことはやりたがらないと書いている。

台風19号に備えてパンがなくなったスーパー

こうなると業界も手近な窓口を個別に見つけてそこで騒ぐしかない。これは政治家の問題でも業界の問題ではない。単にシステムの問題である。どこに行ったらマスクがあるかわからないから買い占める。それだけのことである。

岸田文雄政調会長は未だにマスコミにたいして「現金給付だ」と言って回っているのだが、別の記事では「最後は国民に発表する首相が決断されるものである。今、具体的なことを申し上げるのは控えたい」と言っていて、かつての山中さんのように「俺が自民党の税金対策を決めるのだ」という気概はないようだ。

岸田さんがやるべきなのは自分の領土を決めて「総理領には踏み込みません」と宣言することである。将軍家が京都を縄張りにした地方領主になったので「そこには踏み込みません」と宣言して自分の領地を広げるしかないということになる。

またこれとは別に官僚もそれぞれの村を作り「言われたことはやるが」「あとは好き勝手に自分たちの好きなことを提案する」ようになるだろう。さらに懸念されるのが「総理の覚えめでたい官僚」が勝手に動き出して自分たちの組織外村を作り出す懸念である。

これまで加計学園の文書管理を巡るドタバタ劇は「総理が指示をしてやらせていたのだろう」と思われてきたのだが、おそらくこれも半分当たっていて半分外れているのではないかと思われる。例えば森友問題を見るときっかけは総理大臣の「自分や妻が関わっていたらやめてやる」という不規則発言である。きっかけこそ首相だが、実際には行政組織も自民党という組織ももはや把握していないのだろう。

非契約に依存している以上、ある程度以上の規模の村は統治できない。おそらく総理大臣が直接見ることができる人の数は多く見積もっても100人とか150人くらいではないか。これは人間が統治機構なしで把握できる最大の数である。

最近、誰の目にも政府・自民党の統治機構が崩壊しかけているということが明らかになっている。かつての状態を知っている人は「中選挙区」と「大蔵官僚主導の予算編成」というスタイルを再構築したがる。だがおそらく重要なのは、契約に基づいて権限委譲をした上で統治機構を作り直すことなのだろう。しかし、失敗を認めない上に終わりが見えてきた安倍政権にはそのような改革は期待できない。また民主党政権で失敗した人たちにも無理ではないかと思われる。

あとは何らかの大きな災害が統治の失敗を明らかにするのを待つだけである。あるいはそれもまた、戦前の欠陥のある民主主義体制の改革が敗戦なしに成し遂げられなかったのと同じようなことなのかもしれない。

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