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緊急事態条項という香港最大の愚策

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香港の行政府が覆面でデモをしていはいけないという条例を決めたそうだ。これを緊急事態条項を使って通したということが話題になっている。最悪だなと思った。

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第6回で解説したように、香港返還時に発効したミニ憲法「香港特別行政区基本法(香港基本法)」には、英国統治時代の法体系を維持すると明記されている。英国政府が植民地経営のために香港に備え、かつては共産党勢力を一掃するために振るわれた刃が、今、中国共産党の影響下にある香港政府の手に渡って市民に振り下ろされようとしている。香港のデモ隊は、その順守を求める「一国二制度」で残された、今まで彼ら彼女らを守ってきた英国統治時代の法に裏切られようとしている。皮肉と言わずして何と言うべきか。

被弾高校生を起訴、事実上の戒厳令で覆面禁止法も – 香港2019(9)

この緊急事態条項は、もともとイギリスが植民地統治のために使っていた法律で、最後に使われたのは1967年に共産主義者を排除するためだったそうだ。その後使われなくなったのは香港が経済的に安定したからだろう。

ビジネスインサイダーによると香港の経済的価値は低下しているそうだが、今でも中国市場の中の英米法統治地域という利用価値がある。当然これは本土では代替できない。つまり、英米法に抜け穴がありなんでもできてしまうというのは香港の敗北宣言になる。一方で安心してビジネスができる環境でないということはまた別の意味で香港の利用価値を下げる。ビジネスインサイダーは中国の武力制圧はないだろうと見ているようだが、これも当然の話である。将来の統合を見据えて「住民の信任で統合された」ことにしたいはずだし、今の経済的価値も失いたくないはずだ。

この話はもともと、「中国に身柄を引き渡すことができる」逃亡犯条例を巡って始まったのだがみるみるうちに拡大した。背景には香港の若者が抱える将来不安があるとも言われる。「このまま昔のような繁栄から取り残され中国に飲み込まれてしまうのではないか」という懸念が背景にあるのだろう。これが共産党支配という政治体制の問題にすり替わっている。こうした不安を背景に7月には200万人が参加するデモもおきた。

ところが、ある時点から「デモには犯罪組織(この記事では三合会という名前が出てくる)が絡んでいる」とか「逆に警察側が入っているのでは」という噂が飛び交い始め、誰が敵で誰が味方なのかがわからなくなってゆく。

当局の最大の懸念はリーダーがいない点にあるとされている。おそらく天安門事件を知るTBSの報道特集は香港のデモに肩入れしているようだが「リーダーがいない」という点を強調していた。三合会というのは特定の組織の名前ではなく「暴力団」というようなカテゴリーの名前だと思う。つまりここにも特に組織性はない。ティッピングポイントを越えた政治的混乱に形はなくあとから証言から振り返るしかない。組織性のない運動は取り締まりも現状把握もできない。

軍隊のない香港で最前線に立つのは警察だ。彼らは行政府を代表して鎮圧に当たるのだが士気が低下しているという。日本の「おまわりさん」のように地域を守ることが彼らの誇りだったはずである。その警官の気持ちが今揺れているという。

現役のある警察幹部は、政治的な対立に解決が見えない現実の中で、香港の警察官およそ3万人の間で不安感がさらに高まっていると話す。「私たちは未知の領域に入っている」、「どこに向かっているのかは誰も知らない」と語る。

焦点:香港警察の士気低下、不人気な政府と怒る市民の板ばさみ

今回ご紹介しているのは主に7月の記事だがそのあともデモや暴動は収まらず、失明するほどの怪我をする人がでてきたり、ついに高校生が銃撃されるという事件が起きた。警察が民衆の敵になったということだ。さらにネットでは臨時政府が作られたという話まで出てきた。後追い報道がなく真偽のほどはわからない。

行政府は「緊急事態条項」で一線を越えた。行政府は議会に諮らずともなんでもできてしまうのだから、民主主義など最初からおままごとというか儀式にすぎないと宣言してしまったのである。

たしかに覆面をした人をすべて逮捕することはできるのだが、例えば100万人を逮捕しても収容はできないし、30000人の警察官をすべて動員しても捕まえることはできないだろう。逆に鎮圧ができてしまえば地下化する人たちもでてくるかもしれない。そうなるとますます区別が難しくなる上に行動も過激化するだろう。

いずれにせよ一番大きいのは「民主主義に対する決別宣言」を出してしまったという点だ。もともと統治能力がなかった行政府がパニックになって1922年の法律を取り出してきて拙速な判断をしてしまった。

何かあったときのために緊急事態条項を準備しておきたいという政治家は日本にもいるようだが、パニックの時に使われると後戻りできなくなるということがよくわかった。香港の統治者はもはや住民を常時監視して警察力で対応するしかない。あるいはハイテクな監視装置なども使われるのかもしれない。本土ではすでに銀行などで顔認識の仕組みが稼働しているそうだ。善意を持って警察に入ってきた人たちは離職するだろうし、逃げ出せる人は香港を逃げ出すだろう。

ということで緊急事態条項は越えてははならない一線になる可能性が高く、越えてはならないという認識を持たないもともと統治能力が低い人たちによって利用される可能性が高い。平時の議論や説明などは何の役にも立たないのだ。

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