いつものような暗いトーンで「普通からの離脱を恐れる日本人」などと書いているので、日本も普通から脱却して自らが考えるようになればより良い政治が作れるのかもと思う人も多いかもしれない。だが「ちょっと待てよ」と考えさせられるニュースがあった。それはイタリア政界の大混乱である。普通がないということが混乱を招いている。ポイントはなぜ普通がなくなったかという点にあると思われるのだが、そもそも報道が少なくニュースの意味自体がよくわからない。
日本ではイタリアの政治が混迷しており次の内閣が決められない。その結果として株価が下がったというニュースとして伝えられた。ではなぜ内閣が決まらないかというと経済担当大臣を巡って議論があったからである。この記事を書いている間に妥協が成立し、どうやら学者を経済担当大臣に据えて内閣を成立させるつもりのようだ。
もともとイタリアは中央集権的な意識が強くキリスト教の価値観が支配的な社会だった。いわゆる先進国なのだが、先進地域は北部・中部だけで南部の経済的実力はギリシャやポルトガル並だという。イタリアはドイツやフランスのような先進地域とポルトガルやギリシャのような後進地域を併せ持つ中央集権の国なのである。
イタリアも日本と同じように政界汚職が蔓延し既存政党は支持を失った。比較的豊かな北部は中南部の面倒はみていられないと独立か地方分権を模索するようになる。こちらは北部同盟という政党を作りのちに同盟と名前を変えた。大阪維新の会が維新と名乗るようなものだ。一方中南部では中流・下流の人たちが庶民感覚の政治を追求しようと訴える。こちらは五つ星運動という運動体を作った。
庶民にもわかりやすい主張をマスコミは「ポピュリズム(大衆迎合)」というラベルにしているが、こうした政策を打ち出すのは五つ星だけではなかった。Newsweekのこの記事によるとすべての政党がポピュリストになっているのだが、日本のスタンダードに当てはめると自民党の政策はポピュリズムということになってしまう。
もともとイタリアは個人の意見を尊重しまとまりに欠ける社会である。地域格差が激しい上に自分の好きなように投票するので日本のように「普通の人たちがなんとなくまとまる」政党が作られない。そこで比例代表の第1党にボーナスを与えて無理やりに与党を作っていた。ところが五つ星運動が台頭し第1党になることが予測されるようになり、慌ててこの制度を廃止してしまった。その上で政治状況を安定させようとした首相は、首相の権限を強化する憲法改正などを主張して解散総選挙を行った。すると「事実上ユーロからの離脱について占う選挙」になり五つ星運動が躍進し、なおかつ過半数が取れないという膠着した状態に陥ってしまったというわけである。
面白いのはイタリアの首相指名プロセスである。イタリアの大統領は儀礼的な存在だが首相を指名できる。五つ星運動が躍進しEU離脱派が台頭するのを恐れた大統領は民間から首相候補(ジュセッペ・コンテ)を指名した。首相が大統領に代わって議会と調整しながら内閣を組閣するのである。同盟と五つ星運動を抑えれば過半数が形成できる。ところが、彼らはEU懐疑派(ユーロから離脱しようとしている)経済担当の大臣(パオロ・サボーナ)を推薦したために大統領から人事を拒否されてしまう。そこでユーロから離脱できないならもう一度選挙をすべきだという人たちと、とりあえず大統領が飲める人事にしようという人たちがもめ始める。この記事によると「同盟」は選挙をやりたがっていることになっているが、その別の記事では「やはり経済担当相を差し替えよう」という合意が広がっているようである。情報戦と情報を見ながら有利な主張をしようという日和見的な動きが広がっているのではないかと思われる。
記事によると、同盟と五つ星運動がともに連立するのは、EUの財政規律が厳しすぎて彼らが求めている政策を実現できないからだそうだ。同盟はそもそも自分たちの税金の使い道は自分たちで決めたいのだし、五つ星運動はバラマキを求めている。だが、EUの財政規律から自由になると、今度は自分たちの地域で使うのか、国を通じてばら撒くのかという二者択一を迫られるわけで、連立は崩壊することになるだろうが、とりあえず「EUを黙らせたい」という思惑で一致しているのである。
同盟は北部の独立ないし地方分権を求めているので全国に支持が広がりにくい。そこで他政党と連立が組みたいのだがなかなか上手く行かない。書記長(サルビーニ書記長)はその苛立ちをこのように表現した。
ピサでの集会で、五つ星のディマイオ党首からの提案について「われわれは売り物ではない。それに、これは尊厳の問題だ」と述べた。「中道右派陣営で政権を作ろうとし、次に五つ星と連立しようとしたがいずれも拒否された」と続けた。
だがバカンスシーズンの7月には選挙はしたくないし、どこと組めばいいのかもよくわからないといささか投げやりな姿勢である。
この記事によると民主党は「連立が成立していたらユーロ圏ではなくなるところだった」という観測を流し、同盟と五つ星運動側はそれは「事実無根だ」と言っている。もはや泥沼と言って良い。また、議会で決着がつかないとデモに頼るのは日本と同じである。またコンテ氏とは別の首相候補が提案されており「暫定選挙を行うべきだ」となっていて、来年初旬(2019年)までに選挙をやるように指示があったと言っている。結局、最初の首相候補が経済担当大臣の人事で妥協したので、いろいろな動きや情報戦があったのだろう。
イタリアの政治に関する記事を読むと「右・左」にわかれているとするものが多い。同盟は右側の政党とされ、五つ星運動は左翼(リベラル)と認識されているようだ。しかし、右派の中にはEU残留派と離脱派が混在しており、左派も選挙の前に主導権争いをしたという経緯があるようだ。総理大臣が憲法改正を提案したこともあり与党が分裂する騒ぎになった。
しかしながらハフポストのこの記事を読むと五つ星運動を右か左かで括ることはできないようである。特徴はかつて「日本を元気にする会」が提案していたようなネット政治だ。最近では立憲民主党が党員の代わりにネット経由でサポーターを集めようとしているように、日本でも広がる可能性がある。いっけん合理的で現代的なようにも見えるのだが、ブログで支持者を煽りあまり考えさせない上で投票を行えば、その場限りのスーパーポピュリズム政治が実現する可能性もある。自分が投票した結果が国会で提案されれば誰でも嬉しいだろうが、日本のTwitter政治をみると政治家の発言をそのままコピペした上で「自分の意見だ」と思い込んでいる人はたくさんいるので、同じようなことが起こる可能性は高そうだ。
日本では中国の台頭を背景に「多少の不具合はあってもまとまっていないと大変なことになる」というような気分が蔓延しており、これが普通の求心力になっている。少々の嘘や停滞を受け入れてでも国をまとめておくべきだという人と、いったん政権交代をしてもうまく行かなかったのだという諦めが交錯する。日本は普通が停滞を招いている国だ。
もともとイタリアがまとまったのはフランスやドイツが次々と民族国家として大きなまとまりになったからだった。こうした競合がEUを通じて統合されてしまったために、結果としてライバルになる大きなまとまりがなくなった。イタリアがEUから離脱するのか、離脱をほのめかしつつ有利なディールを模索しているのかは誰にもわからない。国政が慢性的な混乱状態にあるので、EU官僚を翻弄するのは簡単かもしれない。
グローバリゼーションの反発として極端なローカリズムが蔓延するだろうという予測が古くからありイタリアの状況はまさにその予測が的中した形である。イタリアは国としての「普通」がなくなった結果、状況が混乱していると言える。その意味では日本は中国の躍進とかつてあった中流意識の幻想がかろうじて国を繋ぎ止めているという状態なのかもしれない。つまり、これが破綻してしまった時、かなり取り返しのつかない状態に陥る可能性があるのである。