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シリア紛争の背景にある3つの対立構造

シリアがアメリカ・イギリス・フランスに空爆された。介入の理由はシリアが化学兵器を使ったからというものだ。シリア情勢が混乱しているのは3つの文明の対立があるからである。つまりこの話を理解するためには文明の対立構造について理解すれば良い。

一つ目の対立構造はキリスト教(プロテスタント・カトリック)対キリスト教(正教)というものだ。もう一つの対立はスンニ派(サウジアラビア)対非スンニ派(イラン)というものである。最後はユダヤ対イスラムだ。この3つの対立構造が交わったところで状況が泥沼化している。

だが、この二つの話を理解し終えたところで「なぜ文明は対立しなければならないのか」という疑問が出てくる。これに明確な答えはない。

そもそも、化学兵器の使用に抗議した国は爆撃参加国だけではなかった。The New York Timesには状況が整理されており、ヨーロッパの国は総じて化学兵器に反対していたことがわかる。ただ、西ヨーロッパの他の国は調査が優先であるとしており攻撃には慎重だった。これが破られたのはトランプ大統領が突然「爆撃すべきだ」と言い出したからだ。イギリスもフランスも突然爆撃に参加することを決めたようで、どちらも議会承認を経ていない。

もともとこの地域はオスマン帝国に支配されていた。オスマン帝国が戦争に負けたのイギリス・フランス・ロシアで分割することにした。イギリスのサイクスとフランスのピコが地図を取り出して線を引き「北部はフランスで南部はイギリス」と勝手に約束をしてしまう。この時ロシアが欲しがっていたのは黒海から地中海に出るルートだった。

のちにロシア革命が起こったのでロシアはこの枠組みから離脱した。その上でソ連が秘密を暴きアラブ諸国の反発を招いた。しかしこの枠組みは既成事実化し当時の国連のもとでフランスがシリアやレバノンを治めることになった。

よくアラブ世界というのだが、地中海東部地域は宗教的には一体ではない。レバノンにはキリスト教徒が多く、そこに接する地中海沿岸にはアラウィ教徒と呼ばれるイスラム教の一派を信じる人たちがいる。異端的な傾向が強いアラウィ派はフランスの治世では一定の自治を獲得しており、独立の際にはレバノンと一緒になりたかった。なおレバノンの東側内陸部には首都のダマスカスがあり、シリアの西側にはクルド人が多く暮らしている。クルド人はイラン系のイスラム教徒だ。

アラゥイ教徒は迫害の歴史から政治への関与を強めた。ハフィズ・アル=アサドはソ連で訓練を受けた軍人でイスラム・共産主義のバアス党での権力基盤を固め、指導者の地位に登り詰めた。この親ソ連関係を引き継いだのがロシアである。アラウィ派支配地域に地中海の出口となる基地を確保した。旧ソ連圏以外でロシアが海外基地を持っているのはシリアだけである。

今回の空爆はこの地域に古くから関心を持っていたイギリス・フランスとロシアの対立ということが言える。ロシアは地中海に出口を確保したいのだが、イギリスとフランスはそれを軍事的に攻撃してでもなくしたいという本音があるのだろう。

ではなぜアメリカが出てくるのか。

バアス党政権は西洋的な(つまりフランスとイギリスが作った)秩序を全てなくしたうえで中東を再編成するという政治的目標を持っている。つまり、それはイラク、ヨルダン、イスラエルなどがすべてなくなるということである。当然イスラエルにも敵対意識があり、ゴラン高原などを巡って争ってきた。アメリカはロシアなどから流れてきたユダヤ人が多く暮らしており、アメリカ国内政治に政治的な影響力を持っている。そこで、アメリカ大統領は内政的な関心からユダヤ人に有利になる政策を推し進めたいという動機が生まれる。これがアメリカがこの地域に干渉したがる理由になっているのだろう。

ところが普通の白人はアメリカの税金がイスラエル対策に使われるということを好まない。これが「アメリカファースト」である。トランプ政権は口ではアメリカファーストと言っておきながら、一方ではユダヤ人の票も欲しいというどっちつかずの態度をとっている。そればかりかロシアの協力を得てクリントン一派を追い落としたという噂(ロシアゲート)もあり、その態度は一貫しない。

ただ、これが即座に第三次世界大戦に結びつくというものでもなさそうだ。ロシアも「シリアの北部やダマスカスが攻撃されても実はそれほど腹を立てない」という事情がある。彼らが守りたい権益は地中海沿岸の基地とアサド政権だからである。しかし国民には強いロシアを見せたい。一方のアメリカはアメリカファースト政策を維持しつつも、ユダヤ人の関心を得るために「シリアにコミットし続ける」意思を見せる必要がある。その意味では、ある意味「出来レース」的な様相を見せている。

このため説明ができないようなことがいくつかある。全面戦争を意図しているなら国民のコミットメントを得る必要があるのだが、参加国とも議会には相談しなかった。多分、全面戦争をするつもりなら一定時間をかけてフェイクニュースなどを交えながらマーケティングキャンペーンが行われていたはずである。

アメリカのトランプ大統領は議会に計画を提示しなかった。野党はこの後に全面的な戦争を行うなら議会承認が必要としている。イギリスはこれに先立ってロシア人スパイを巡って外交対立が起きておりロシアへの反発が強まってはいたが、産経新聞によると議会承認を受けていないようだ。東京新聞もイギリスは議会承認を得ていないとしている。フランスでも議会承認は行っていない。国民の中には一定の反発もあるようだが、日本の新聞社は特にフランスの状況には触れていない。

もともとヨーロッパとロシアはクリミア半島の併合をめぐって対立している。クリミア対立は黒海への出口にあたるセヴァストポリをめぐる紛争がもとになってる。

しかし、冷静になって考えてみるとなぜロシアがそれほどまでに地中海にでたがるのかはわからない。世界的な軍事ネットワークを構築してしまえば今度は維持管理にお金がかかる。しかし、そのネットワークを使って戦争を行う動機は今の世界にはない。

そうなると考えられるのは「強い〇〇を回復する」というスローガンそのものに意味があるという考え方だ。プーチン大統領はヨーロッパに阻まれて世界から尊敬される大国になれないという被害者意識を持っている国民の支持を受けているのではないかということになる。

経済的に自信をなくしたり伝統的な利益共同体から排除された人たちがネトウヨと呼ばれ、ナショナリズムに生き甲斐ややりがいを求めているのと同じような心情があるのかもしれない。同じような現象は抗日戦争を勝ち抜いて太平洋の覇者となるという中国の「野望」にも見られる。安倍政権はこうしたネトウヨの人たちの注意を自分たちに引きつけることで5年という長期政権の樹立に成功した。高い経済成長を実現した習近平も急速に権力基盤を固めつつある。

シリア紛争は「ユダヤ対イスラム」「カトリック・プロテスタント対正教」「スンニ派対非スンニ派」という3つの違いが重なったところで起きたと書いた。しかし、その実情を探って行くと本当に争う必要があるとは思えない。一つあるとしたら強い敵を作ることで共通項を持たない人たちにかりそめの連帯意識を与えているということになる。

もし仮に現実的な理由があり戦争をしているならこれが即座に世界大戦規模に拡大するはずなのだが、そうはならない。それはこの戦争の真の目的が国内に向けたアピールだからなのかもしれない。

そう考えると「ネトウヨ」という現象はある意味世界の最先端の潮流なのかもしれないと思えてくる。つまり人間というのは対立構造に夢中になる習性があるということだ。

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