ロシアに近い立場にいるルカシェンコ大統領がクレムリンで倒れたという「ニュース」が広がっている。ロシアでは要人が不審死がたびたび起きているため「ついにルカシェンコ氏もプーチン大統領の毒牙にかかったのか」などとついニュースをRetweetしたくなる人もいるだろう。だがちょっと待ったほうがいい。発信者は反体制派のツェプカロという人物なのだ。監視団体は「ルカシェンコ氏は既にミンスクに戻った」としてこの「報道」を否定しているそうだ。
なおこの記事を書いてからしばらくして進展があった。どうやらロシア側の国営放送でロシアとベラルーシの連合国家についての構想を語ったそうだ。状況が落ち着いてから記事を起こした方がよさそうだが、連合構想についてはとりあえず別の記事を書いて当座わかっている情報をまとめることにした。
最終的に国営ベルタ通信や大統領府のSNSが健在ぶりを示す証拠を出したためニュースとしては一旦終息に向かいそうだ。
ルカシェンコ氏はプーチン大統領に最も忠実な近隣国のリーダーだ。ベラルーシに残った人たちは諦め気味だが大勢の民主主義者が体制の変革を望んでいる。つまりルカシェンコ氏がいなくなってしまうとプーチン大統領にはあまり好ましくない動きが起きる可能性が極めて高い。
それは民主化要求と欧米の介入だ。
最近、ロシアが管理する核兵器がベラルーシに持ち込まれている。仮にNATOとロシアが全面的に対立することになればベラルーシは確実に前線として狙われるだろう。だがルカシェンコ氏は「「核兵器のことを心配しなくてもいい。我々は責任を持つ。これらは深刻な問題だ。ここでは全てがうまくいく」と根拠のない約束をしているが「平穏さ」を最優先するベラルーシ人の心は穏やかではないだろうが、ロシアにとってはルカシェンコ大統領は「防波堤」のような存在になっている。
ルカシェンコ大統領の健康不安説の背景には「いよいよベラルーシがロシアに飲み込まれつつある」という危機感がある。ルカシェンコ氏は「アデノウイルスに悩まされている」と説明しているそうだが本当のところは誰にもわからない。
ツェプカロ氏のSNSでの投稿はかなり具体的ではあった。時事通信が伝えるように「既にミンスクに戻った」という情報もあるため欧米のメディアはまだ詳細は伝えていないようだが一足早くインドの英字媒体であるWIONが詳細を伝えている。
プーチン大統領との会談後に倒れてすぐに病院(病院名も記載されている)に運び込まれたそうである。ロシアはルカシェンコ氏を救おうとしている。「ロシアが毒殺した」と疑われないためだ。
ポイントはルカシェンコ氏が重篤であり「動かせない」という点なのだろう。つまりしばらくはベラルーシに戻れないであろうと仄めかしていることになる。大統領としても機能できず反民主派を抑えることも難しいという仄めかしだ。一方で時事通信の伝えるガユンは「ルカシェンコ氏は25日夜にミンスクに戻っている」と主張している。
WIONによるとツェプカロ氏は2020年に大統領選挙に出馬予定だった。2020年の大統領選挙ではルカシェンコ氏の政敵が次々と粛清され大統領選挙に出られなくなった。結果的に立候補したのはチハノフスカヤ氏という女性だったのだが「8割近い支持率」でルカシェンコ氏が勝っている。当然野党支持の市民は納得せず大統領選挙の後で暴動も起きていた。つまり反体制派は今でも選挙のやり直しを要求している。チハノフスカヤ氏も懲役15年の判決を受けたが既に国外に脱出した後だった。
今回の「ルカシェンコ大統領がクレムリンで倒れた」という報道を聞くと「ロシアというのは怖い国」などと感じてしまう。しかしながら仮に「核兵器置き場を手に入れたから」「用済み」になった自国の大統領がロシアから「処分された」ということになってしまうと、反体制派が勢いづくのは間違いがない。既に大勢の反体制派がリトアニアやポーランドに集結しており過去には抗議運動も起きている。
さらにプーチン大統領は西側の政治介入も恐れているはずだ。これはウクライナへの侵攻の直接的な理由になっている。今回の件でNewsweekはツェプカロフ氏は次のように発信している。西側が「民主的な選挙」でベラルーシ情勢に介入するように要請しているのだ。
この問題の厄介なところは「本当にルカシェンコさんが体調不良で身動きが取れなくなっている」可能性があるという点にある。今後仮にルカシェンコ氏の肉声がしばらく聞かれないようなことがあれば、おそらく反体制派が勢いづき逆に体制派がロシアに介入を求めるというような事態も想定される。
既にウクライナ側からの越境が始まりアメリカ合衆国は苦労しているようだ。元々はクリミア半島をめぐる極めて局所的な争いだったのだが、ウクライナ全体に拡大し、ことによってはベラルーシにも飛び火する可能性があるということになる。ベラルーシに飛び火すれば当然ポーランドやリトアニアにいる反ルカシェンコ派を刺激し……という連鎖が起きる可能性がある。
西側の政治指導者たちは「ルカシェンコ氏の肉声」を期待しているのではないだろうか。あまりにも事態が急激に動いており段階的な対処が難しくなりつつあるためこれ以上の変化は好ましくない。時事通信が伝える「ガユン」の「ルカシェンコ氏は既にミンスクに戻った」という情報が確かなら少なくとも事態はこれまで通りということになる。西側にとって決して理想的な状態とは言えないがベラルーシ情勢が混乱するよりは「ましな状態」と言えるだろう。
この記事をリリースした時点では「今後の続報に注目したい」と書いたのだが、CNNなど一部のメディアが、ルカシェンコ大統領が「ロシア・ベラルーシ連合」の加盟国には核兵器の庇護が与えられると宣言したと伝えている。ただしライブではなくロシア国営のテレビ局でのインタビューに答えてと言う形だったようである。格メディアは「入院の噂」と「連合国家の噂」を完全に分離して伝えている。またベルタ通信や大統領府のSNSは健在ぶりをアピールし噂を否定しているそうだ。