最近、ChatGPTでブログの構成やロジックを修正し、Geminiで要約と翻訳を行っている。ところが、そのGeminiの挙動がおかしくなった。これについてGeminiに質問したところ、ある程度はプロンプトで修正できるが、それもいずれできなくなるかもしれないという。Gemini曰く、これまでは「知的ダンピング」が行われていたため、それを是正する動きがあるというのだ。ChatGPTもこれに賛同した。
最初は「まあ、そんなものなのかなあ」と思った。仮にこの未来が正しければ、「AIで調べればいいや」「AIにプログラムを書かせればいいや」と考えていた人たちは、梯子を外されることになるだろう。
だが、散歩に出かけて河津桜を眺めながらつらつらと考えているうちに、「この議論は何かおかしい」と思うようになった。仮にAIが提示する未来が実現するとして、本当に梯子を外されるのは誰なのか。むしろAI企業と投資家のほうではないか。これについて説明したところ「エンロン事件」の再来につながりかねないAI産業の怪しさがわかってきた。背景にあるのはテック系の人々の社会に対する鬱屈した感情だ。
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テクノロジー産業が定着するためには新しい市場づくりが必要になる
そもそも、最初は何がおかしいのか自分でもよく分からなかった。最初に違和感を覚えたのは、「AIが経費化される以上、その経費を正当化する事業が必要になる」という事実だった。そんな人が、果たしてどれほどいるのだろうか、という疑問である。
しかし、その考え方自体がおかしいことに、やがて気がついた。
UGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)モデル
NTTドコモが成功したのは「iモード」市場を作ったからだった。Appleがスマートフォンで成功したのは音楽配信市場を作ったからだが、アプリマーケットなどの仕組みは、かなりNTTドコモを模倣したと言われている。YouTubeが成功したのは、クリエイターが収益を得られるプラットフォームを構築したからだ。Amazonが成功したのは、アフィリエイト市場を整備したからであり、Googleが成功したのは、ブログで稼げる広告モデルを作ったからである。
要するに、新しいテクノロジー市場が成功するためには、まず「市場」を作らなければならない。さらに、誰でも比較的簡単に収益を得られる仕組みを整え、収益の一部を参加者に分配する必要がある。
市場を作る動きはインターネット以前にも見られた
こうした市場づくりの成功例は、インターネット以前にも存在する。代表例が鉄道と自動車である。トーマス・クックは1839年に鉄道を利用した団体旅行ビジネスを生み出した。鉄道の開通は1825年であり、その後に観光市場が形成された。フランスのタイヤメーカー、ミシュランは自動車利用者向けにガイドブックを作った。当初は無料だったが、有料化に伴い、「行った先を案内する本」から「出かけるために運転する動機」へと役割が変化した。
日本も「目的地を作るビジネス」では先行していた。参拝から始まり、やがて鉄道会社が遊園地や百貨店を整備した。阪急電鉄の小林一三の構想は、当時としては世界最先端だった。
ホモ・ルーデンスという共通点
これらの事例を見ると、共通しているのは単なる「市場創出」ではないことが分かる。意外なほどエンターテインメント性が重視されている。ヨハン・ホイジンガの言葉を借りれば、人類は「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」なのである。彼がこの概念を提示したのは1938年のことだ。
ここから改めてAIの有料化を考えると、「人類は極度に生産性向上を求めている」という前提自体が怪しく思えてくる。仮に「2倍働けば2倍稼げる」社会であれば、人々はこぞってAIを導入するだろう。しかし現実はそうなっていない。
むしろGoogleは、自社の広告市場やコンテンツ市場を揺るがしながら、「これまで無料だったものが有料になる」と宣言している。結果として、自らの市場を破壊しただけで終わる可能性すらある。
Geminiに確認すると取り組みはあるようだが技術的な目処が立っていないという。
「AIがあなたの情報を10%使って回答したので、広告収益の10%をあなたに払います」というアトリビューション(貢献度)ベースの収益分配は、技術的に非常に難しく、まだ完全な実装には至っていません。
市場化に失敗するとメタバースのようなゴーストタウンが生まれる
市場化に失敗した事例もある。代表例がメタバースに失敗したMetaである。ザッカーバーグはメタバースに傾倒し、FacebookをMetaに改名したが、2025年12月には予算を大幅に削減し、「事実上の撤退」と言われている。一般のクリエイターを惹きつけられなかったことも大きな要因だろう。
また、知的プラットフォームを目指したQuoraも収益化に失敗した。収益目当ての投稿が増え、価値が毀損され、既存ユーザーが離脱したためである。
ユーザーはAIのない世界に備えなければならない
仮にGoogleやOpenAIが構想する未来が実現した場合、梯子を外されるのはAIに過度に依存していた人々だろう。だからこそAIは「なくなっても困らない補助ツール」として使うのが賢明だ。
しかし彼らは、人間が際限なく生産性を求めるという仮説に依存しすぎている。人類がホモ・ルーデンスであるという事実への理解は乏しい。この点に気づかない限り、最終的に梯子を外されるのはAI企業の側だろう。過去の産業成功例と失敗例を見るとそれは明らかである。
過度にAIに依存した産業が砂漠化して総崩れする可能性とその原因
問題は、現在の米国経済と株式市場が過度にAIに依存している点にある。イーロン・マスクは「新しい経済圏を作れなければ米国は厳しい状況になる」と指摘している。新しい市場を生むのは勤勉さではなく、人類の新奇性である可能性が高い。具体的には「アメリカの膨大な国家債務を解決できるのはAIとロボティクスによる生産性向上だけ」と断定したうえで、生産性を極限まで高めることで債務問題を克服すべきだと主張している。
再びAIを車に例えよう。人々が求めているのは、日常使いできる耐久性の高いトラックであり、F1並の性能ではない。誰もがF1ドライバーになれるわけではないからだ。
生産性信仰に囚われるアメリカ合衆国のテック世代
しかしマスク氏やアメリカ合衆国のテック産業はこの生産性信仰に囚われ、その結果過剰な競争へと自らを駆り立てている。
現在、データセンター建設費や電力コストは高騰している。10%の生産性向上のために、それ以上の費用がかかる事態も起こりかねない。しかも、その10%が収益につながる保証はない。
さらに、労働分配率は低下傾向にある。AI格差が拡大すれば、消費市場そのものが縮小する恐れもある。
OpenAIは広告モデルを否定しているが、Axiosはテストを報じている。非営利的性格の強かったOpenAIは、予期せぬ形で中心企業となり、強い経営圧力にさらされている。
AI企業は学習データの枯渇問題にも直面している。新規情報の多くがAI生成物に汚染され、選別が困難になっている。資金流出も始まっており、ソフトウェア産業全体に影響が及びつつある。
最大のリスク要因としての「成功したAI経営者」
最大のボトルネックは、経営者自身かもしれない。技術的成功が先行し、企業倫理や市場哲学が追いついていない。エンロン事件と似た構図が、再び繰り返される可能性もある。
こうした未成熟な経営者たちにとって、「ホモ・ルーデンスの新奇性を刺激することが市場創出の鍵である」という基本概念を理解するのは、容易ではないだろう。
ではなぜAI企業はインターネット企業や鉄道会社経営者たちのような市場化ができないのか。理由として大きいのは「AI企業特有の未熟さ」だろう。
技術者としては優秀だが、産業史や企業統治を学ばないまま巨大企業の経営を担っている。政治の世界ではエスタブリッシュメントや「意識高い系」にうんざりし、もっと合理的に効率のよい社会運営ができるのにと考えているような人たちである。効率を重視するあまり、人間として必要な基礎教養を身に着けていない。
「高校生のような喧嘩」を繰り広げるAI企業家たち
Axiosは広告テストを巡って喧嘩を繰り広げるOpenAIのサム・アルトマン氏を中心としたメンバーを高校生のようだと語っている。あまりにも技術的な成功が先行してしまったために企業人としての「態度」を身につけることができなかった事がよく分かる。
効率重視の人たちが行きついたのが「F1的世界観」である。すべての交通がF1化すれば世の中はもっと効率的になるというような考え方である。しかしよく考えてみればそんな社会は成立しない。理由は簡単で「誰もがF1ドライバーになれる」訳ではないからである。
しかし、現在では大真面目に全世界F1化計画が進行しつつある。
AxiosのCTOはコーディングには時間がかからなくなったが「人間の発想力」がテクノロジーに追いついていないと指摘する。これが技術的職場に機能疲労、信頼の低下、認知的過負荷をもたらしている。それでも競争が亡くならないのは「他の企業はもっとうまくやり遂げるかもしれない」とという恐怖心があるからなのかもしれない。
見えない恐怖を感じ始めたAI開発者たちの遅れてきた思春期
内部にいる人達はこのF1化に言語化できない恐怖を感じているようだ。
マット・シューマ氏は「なにか大きなことが起こっている」という投稿で、AI開発をパンデミック前の状況に例えている。かなり混乱した投稿で「AIでできることを知ろう」という文章と「もうすぐかなりのことが混乱するだろう」という文章が入り混じっている。
またOpenAIやアンソロピックからは退職者が相次いでいる。彼らは「AIの実存的脅威」を実感しつつある。
彼らが遅れてきた思春期を通り過ぎて「成熟した人間への理解」を回復できれば問題は解決する。しかし、精神的な未熟さを克服できず、かつ全世界F1化が進むと状況はかなりおかしなことになるだろう。すべての市場が破壊されてしまう。
まず、データセンターの建設費用が高騰している。過当な競争が起きているからだ。電力費用も高騰が予想されている。つまり10%生産性をあげて1000円の儲けを得るために10000円の費用がかかるというようなバカバカしいことが起こりかねない。しかもそもそも10%生産性を挙げたら1000円余分に儲かるという保証もない。
過去のエンロン事件との類似点
過去にこの常識が裏切られたことがあった。それがエンロン事件である。「常識的に身につくであろう」倫理観がではMBA合理主義を抑える事ができず、Cook the book(会計簿操作)につながった。数式モデルさえ正しければなんでもできるという金融工学市場主義に陥ったのである。
最終的には全体で一体何が起きているのかが誰にもわからなくなってしまうのだが、これも直前までは「アカウントエンジニアリング」と表現されていた。おそらく最初は合理的な効率化だったのだろうが、気が付かない内に人々は狂気の領域に足を踏み入れていた。
MBAカリキュラムが「道徳心や教養は自動的に身につくのものではない」と気がついて、カリキュラムに企業倫理を入れるようになったのは、エンロン事件の後だった。
GoogleやChatGPTがAIを有償化できるか焼け野原を作るのかが分かるのはこれから
すでに
- 「情報の腐敗」という目に見える予兆
- 「AIによる学習データの枯渇」問題
- 「遅れてきた思春期」の若手リーダーたち
などの兆候が現れている。仮にGoogleやChatGPTが人間のホモ・ルーデンス性に気がつくことができれば、AI産業は発展するだろうが、世界F1化計画が推進されれば産業と社会を焼け野原にして停止する可能性がある。

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