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安倍政権批判の次にくるものを予想してみる

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平戸市長が朝日新聞を購読しないと宣言したところTwitterのフォロワーが増えたという話を読んだ。政治家がマスコミを攻撃すると支持が増えるというのはいっけん恐ろしいことのような気がする。

では朝日新聞がなくなれば日本はよくなるのだろうか。そもそも朝日新聞バッシングの背景には何かあるのかと考える時にいつも思い出すことがある。高校生が「どうせ頑張っても大していいことがあるかはわからない」と考えることがある。偏差値のランクが下がるほどそういう学生は増える。なぜならば過去に「頑張ったけれども受からなかった」という人たちが増えるからである。だから「次もダメに違いない」と考えるわけだ。

その中で頑張って勉強をしようとすると何が起こるだろうか。頑張って成績が上がると、何もやっていない人たちが惨めになる。だから、集団で頑張っている人を邪魔することになる。一方で、成績優秀校ではこうしたことは起こりにくい。みんな頑張っているからだ。

朝日新聞の報道姿勢には疑問も多いが、表向きは「頑張って民主主義的な社会を作って行こう」という編集姿勢で作られている。悪い言い方をすれば「とりあえず民主主義的な建前を言っておけばなんとか格調が保てる」ということである。戦前は翼賛的な姿勢で体面を保っていた歴史があり、その点では首尾一貫している。ところが、何をやってもダメで、あとは気軽にやって行きたいという人たちから見ると「ご立派なことを言っていい格好をしようとしている」と見えるのではないだろうか。

平戸市の位置を確認するとわかるが、長崎県の外れにある。長崎県そのものが九州の軸からは離れたところにあるのだが、それでも長崎本線を伝った軸がある。平戸はそこからも外れている。このような地方はもう何をやってもダメなのだから「東京の人たちが格好をつけている」だけの民主主義が許せないのであろうと想像ができる。

このようにみてくると、安倍政権を支えているのはこうした「もう何をやってもダメ」と考えている人たちであることがわかる。安倍政権の支持者たちを見ていると次のようなことがわかる。

  • 政治について色々考えるのは面倒なので、誰かになんとかしてもらいたい。
  • かといって不安には直面したくないから誰かに「大丈夫だ」と言ってもらいたい。
  • 不祥事みたいなことがあっても、別にみんなやっていることだからなかったことにしたい。直視したら惨めになる。

こうした諦めの背景には「今までいろいろやってきたがダメだった」という諦めの気持ちがあるのではないだろうか。それならば、とりあえずだらだらと今まで通りのやり方でやって行きたいという人たちが増えても不思議ではない。

例えば、中国の発展ぶりは目覚しいものがあり、沿岸部に旅行をすると「21世紀的だ」と感じる人が増えている。なかにはこれが高度経済成長なのかと驚く人もいるという。欧米でも物価は順調に上がっており経済成長が持続していることがわかる。つまり、安倍政権を批判するならば、日本を諦めてこうした経済に移行すればよい。

しかし、安倍政権を攻撃している側も実はじっと座ったままで「安倍政権がなくなれば日本歯もっとよくなるはずだ」と言っているわけだから、実は同じ根っこなのかなという気もする。つまり「変わりたくない」という姿勢があり、お互いがお互いを攻撃しあっているという図式だ。

このようにして考えると、安倍政権を攻撃するのも朝日新聞を攻撃するのも根は同じということになる。つまりどちらも問題解決には全く関係がない作用反作用なのだから、かっこでくくってキャンセルするとゼロになる。そして、少なくない人たちがこのことに気がつき始めているのではないかと思う。このようにして森友・加計問題に代表される安倍バッシングは低調になりつつある。その意味では安倍政権は少なくとも野党攻撃からは「逃げきった」ことになるのだろう。

何もしないことが悪いことなのかと考えると、日本人はむしろもう何もしないことを選択しているのかもしれない。よく考えてみると高度経済成長を体験している人は多いので、その楽しさがどんなものかはわかっている。海外旅行の経験もあるし、海外の美味しいものを食べたこともある。また、ブランド物を買うことの意味もわかっている。

ということで安倍批判が低調になった後で何が残るのかということはよくわからない。安倍政権批判がなくなっても生活の不安がなくなるわけではないからだ。

最近目に付いた動きを見てみると、例えば神戸のクリスマスツリー問題のように「キラキラとしたイベント」とか「ベンチャー的な創意工夫で新しい価値を創造する」というようなものが攻撃されてゆくのかもしれない。こういうものをみると何もない生活が惨めに見えるからである。最近ではファミリーマートの忖度弁当が攻撃されている。800円のコンビニ弁当などあってはならないというのである。

つまり、みんなが平等に落ちてゆくことが選択されるのではないかと思えるのだが、これは何が攻撃されるのかを見てみないとわからない。

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