今回は、アメリカ合衆国とイランの戦争が経済ネットワーク戦争であるという仮説を軸に議論を展開してきた。この論を展開すると、いくつかの結論が得られる。ただし、あくまでも仮説であり、「適宜修正が必要である」という点を理解することも重要だ。そのためには、仮説は広く提示されなければならない。
高市早苗総理はドナルド・トランプ大統領を恐れ、アメリカ合衆国を批判することなくイランを一方的に批判した。思惑通り予算を衆議院通過させることには成功したが風邪で体調を崩してしまった。正解がわからなくなった高市総理の心労は以下ばかりかと思う。
一方で、中道改革連合の小川代表は駐日イラン大使と面会し、伊佐進一議員も国会演説でイランへの一定の配慮を記録に残している。これはイランの新勢力に対して「自分たちは一方的にアメリカ合衆国の側にはつかない」と宣言したことを意味しており、国益にかなった動きと言える。
ではなぜこれが合理的なのか。日本がこの先も経済的利益を追求するならば、イランを再び「合理的な経済ネットワーク」に再接続する必要がある。
しかし現在のイラン革命勢力は、「隠されたリーダー」を頂く神秘政治の要素を強めつつある。ハメネイ体制が崩れたことで、イランは合理的な政治勢力が主導権を維持するのか、それとも非合理的な宗教政治が台頭するのかという瀬戸際にある可能性がある。もしそうであるならば、日本としてはイランを再び合理的な交渉と経済活動のフィールドへ引き戻す努力を続ける必要がある。
ただし、この場合従来の「国家主導モデル」はそのままでは機能しない可能性が高い。外交制度そのものが国家を主体とする前提で設計されているため、仮に政策担当者が頭では新しい構造を理解していたとしても、実際の行動がすぐに切り替わるとは限らない。制度と認識の間には常に時間差が生まれるからである。
「これではアメリカ合衆国に恨まれるのではないか」と考える人もいるだろう。しかし、「トランプ大統領の動機もまた経済ディールだった」と考えると、そもそもトランプ大統領が早期解決を望んでいる可能性が出てくる。
ただし日本政府は、トランプ大統領の国内向けの演説と本心を仕分けして「デコード」する能力を欠いている。そもそも高市総理には外交的知見がない。また日本政府は、国務省、国防総省、伝統的な共和党との間にパイプを持っているが、「トランプ氏周辺のビジネス層」との間にはパイプがない。ホワイトハウスは終戦に関する統一見解を持っていないのだから、そもそも情報が入ってこない。だから意思決定ができないのである。
仮にアメリカ合衆国が戦争の終結を目指すとすれば、イランを「金もうけの輪」に加える必要があるが、これは別の問題を引き起こす。ネタニヤフ首相は、イランの新しいリーダーに生命保険はかけられないと言っている。であればイランの新しいリーダーは「生命保険以外の何か」を必要としている。おそらくそれは核兵器だ。アメリカ、ロシア、インド、パキスタン、イスラエル、中国、北朝鮮がそれぞれ核兵器を保有しているとされる。またサウジアラビアも核物質不拡散の枠組みから外れたとされている。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はこの数時間後、イランの首都テヘランを新たに攻撃したと発表した後、イランの新指導者について「公の場に姿を見せることができない」「革命防衛隊の操り人形」だと批判した。
イランの新しい最高指導者の初声明、国営メディアが紹介 ホルムズ海峡封鎖を継続すると(BBC)
首相は、モジタバ・ハメネイ師と、イランが支援するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの指導者ナイム・カッセム師について尋ねられると、「そのテロ組織指導者たちには、私なら生命保険を認めたりしない」と述べた。
さらに、この問題の解決が長引けば、別の問題が浮上する。それが中間選挙である。トランプ大統領は議会に対し、SAVEアメリカ法を制定するよう呼びかけている。これは制度の中身というよりも、「連邦政府が選挙制度を管理する実績を作る」という意味を持つ。しかし現在、連邦議員選挙の管理は州が行っている。つまり、仮に選挙結果がトランプ大統領にとって好ましいものでなければ、「緊急事態」を宣言し、選挙を無効化する可能性が出てくるということだ。
トランプ大統領は次第に、「建前」と「その背景にある別の狙い」を区別して管理することができなくなりつつある。またロシアのように国家総動員体制を取ることができる国への憧れを隠さなくなった。問題は、これをアメリカ国民(特にトランプ大統領の支持者)がどう理解するかである。選ばれた民として安全な場所にいるはずだったのに、自分たちの崇高な権利が奪われてしまうかもしれないと気づいたとき、一体何が起きるのかは誰にも見通せない。
日本の政治議論を見ていると、「何か意見表明をしてしまうと、それが最終結論になってしまい、後から修正ができなくなる」という欠点があるように感じる。不確実性に対処する新世代型のリーダーには「仮説提示力」が求められるが、ふさわしいロールモデルはまだ存在しない。確かに、不確実性を排除した言い切り型の議論には独特の爽快感があり、それなりのニーズもある。しかし、不確実性を固定された仮説で埋めてしまうと、身動きが取れなくなり、かえって危険性が高まるのではないだろうか。
本日は小論文でおなじみの「起承転結」方式にした。全体構成はこちらから御覧いただける。

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