SNSのタイムラインは善悪の判断を求める声であふれている。しかしリーダーに求められるのは、その議論に参加することではなく、情報の背後にある構造を見抜くことである。今回のアメリカ合衆国とイランを巡る戦争では、短い時間のあいだにさまざまな情報が飛び交っている。
こうした混乱した状況を素早く整理するためには、「どちらが正しいのか」を理解しようとすること自体にあまり意味がない。
- 第一に、戦争の初期段階では各国による印象操作が横行する。
- 第二に、今回の戦争の背景には「何をどうすべきか分からなくなったアメリカ合衆国とトランプ政権」の混乱があり、当事者たち自身も何を操作したいのかすら定まっていない。
- 第三に、不確かな情報であっても、周囲の人々がそれをもとに「もっともらしい理論」を構築し、さらにメディアの報道を通じて「もっともらしい形」に加工されてしまうという、情報の連鎖的な加工の問題がある。
例えば第三の事例だけを取ると近年ワシントンDCで語られる「西半球帝国論」などもその一例だろう。理論としてはまだ十分に整理されていないにもかかわらず、政治家による断片的な解釈を通じて政策議論の材料として流通し始めている。
そこで今度は「強さ・弱さ」を分析してみた。
ころが分析を進めるほど、そもそも「強さ・弱さ」の質が単一ではないことが見えてくる。アメリカ合衆国は軍事・経済の面では強いが、持続可能性の面で致命的とも言える脆弱性を抱えている。一方、軍事・経済的には弱いイランは、短期的には国家総動員体制を構築できるだろう。しかしその「強さ」はアメリカ合衆国などの外圧に依存しており、長期的な持続可能性があるとは言えない。
アメリカ合衆国とイランは、それぞれ「強さ・弱さ」の質が異なる。したがって、それを単純に比較して「どちらが強いのか」と問うても、あまり意味はないと分かった。
つまり次世代を担うリーダーたちには、タイムラインに流れてくる情報を「仮の構造」に当てはめて分析し、最も説明力の高いフレームワークを自分たちで見つけ出すスキルが求められている。たとえば今回であれば、「社会構造」「国家の持続可能性」「外圧への依存」といった観点から情報を整理することで、混乱した情報の意味がおぼろげながら見えてくる。
その際には、「どこに不確かな点があるのか」を理解することも重要である。情報が確定するまで待っていると、いつまでも意思決定ができない「アナリシス・パラリシス」に陥ってしまう。「まだ情報が足りない。もっと情報を集めてこい」という対応は、日本型組織にしばしば見られる典型的な症状でもある。
不確実性をゼロにすることはできない。重要なのは、それを理解したうえで意思決定を行うことである。
今回のアメリカ合衆国とイランの対立は、ますます不確実性を増す世界情勢のほんの一例である可能性が高い。次世代のリーダーは、あふれる情報と不確実性に立ち向かう智慧を構築すしそれを組織内に行き渡らせる強い能力と責任が求められる。
本稿は「【特集】アメリカとイラン どちらが悪いのか」の一パートになっています。全体はこちらから。

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