アメリカ合衆国の政府運営はいま、深刻な機能不全に陥りつつある。各機関は統合的な指揮を欠いたまま個別に動き、「国家として何が起きているのか」を誰も説明できない。本来なら大統領への批判が噴出しても不思議ではないが、社会にはすでに諦めが広がっている。それでも経済は好調で、資金は集まり続けている。表面的な繁栄と、制度の劣化が同時に進行している点にこそ、現在のアメリカの危うさがある。
日本に引き付けて考えるならば、「トランプ政権に寄り添うこと」と「アメリカとの同盟を維持すること」は、明確に分けて考える必要がある。トランプ大統領そのものが、同盟関係にとってのリスクファクターになりつつあるからだ。
アメリカで航空管制を担当するFAAが突然「エルパソ空域を10日間閉鎖する」と宣言、その後数時間で空域閉鎖は解除された。航空便のキャンセルなどで空港はかなり混乱したようだ。AP通信は「FAAと運輸省・国防総省の説明に食い違いがある」としているが、双方の説明には具体性がなく実際に何が食い違っていたのかはよくわからない。日本で国土交通大臣と航空管制塔局の説明が食い違っていたとなれば大騒ぎになるだろう。実際に民主党の議員は「説明」を求めているが、近年のアメリカ合衆国ではもはやノイズにしかならない。
トランプ大統領の説明と実体の間に大きな食い違いが生まれている。表向きは治安を維持するためとされていたミネソタ州の移民掃討作戦が終了する。民主党州の外国人を排斥することで選挙戦を優位に進める意図があったことは否定できないが、アメリカ市民に犠牲者が出たことで却って選挙戦にネガティブな評価を与えることになりかねなかった。トランプ大統領はトランプ関税によって国は豊かになると主張した。しかしニューヨーク連邦銀行はほぼ全額をアメリカ国民が負担していると言っている。また議会予算局(CBO)はアメリカの財政赤字は今後10年でさらに拡大するだろうとしている。トランプ政権下ではこうした説明の食い違いは日常茶飯事。
- ミネソタ州への移民対策職員増派が終了へ、トランプ氏が同意(REUTERS)
- トランプ関税、「ほぼ全額」を米国民が負担 NY連銀分析(REUTERS)
- 米財政赤字、今後10年でさらに拡大 減税・移民減少が影響=CBO(REUTERS)
トランプ大統領は成果のみを強調し「政策統合」には関心がなさそうだ。アメリカの雇用統計は素晴らしいと絶賛。一方で借入コストを減らすべきだとも主張した。雇用統計が高止まりするとFRBは金利を引き下げることができない。仮に無理に金利を引き下げると今度は財政持続性に懸念が生じ長期金利が上昇する懸念がある。つまり雇用統計の好調さと資本コストは二律背反とは言わないまでも両立は非常に難しい。金融市場はこうしたトランプ大統領の主張を連日のように聞かされ続けている。目の前にある利益は無視できないが長期的には「このままアメリカに賭け続けても大丈夫なのか?」とのうっすらとした懸念が広がる。これに一喜一憂して金の価格が乱高下する。
米雇用統計「素晴らしい」、米は借入コスト減らすべき=トランプ氏(REUTERS)
日本ではギャラップ社が80年続いた大統領の支持率調査を打ち切ったことが話題になった。「トランプ大統領の圧力があったかが不明だ」と大統領によるジャーナリズムの抑圧を強く印象付ける報道だったが、実際には「一体の国民世論が存在しないなかで大統領支持率に何の意味があるのか」という根本的な課題があった。
トランプ大統領が「わざと機関統治を分断して大統領への権力集中を狙っている」のか「そもそも興味がない」のか「能力がない」のかはよくわからない。全体像が見えなくなればなるほど、不安を感じた国民は大統領という強い権力に依存するようになる。しかし大統領の発言自体がリスク要因になることが増えている。このためついに下院では対カナダ関税撤廃を求める議案が共和党の造反者6名で可決された。大統領はこの6名の裏切り者に選挙で報復すると宣言している。
米下院、対カナダ関税の撤廃決議案を可決 トランプ氏「共和党員は深刻な結果を被る」と圧力(時事通信)
アメリカ合衆国の民主主義はかなり危険な状態にあるが、それでも瓦解しない3つの理由がある。
第一にアメリカ合衆国のドルは基軸通貨であり投資家から信任されている。第二に連邦と州の二重性が確保されている。第三にそれぞれの機関の権限が明確なため分散型でも稼働し続ける。
これはアメリカ合衆国の強みであると同時に、問題が生じても修正が進まない理由にもなっている。ギャラップの大統領支持率調査が打ち切りになったことからも分かるように「そもそもアメリカ国民の総体」がなくなりつつあり、人々は信じたいものだけを信じるような状況が生まれている。
トランプ政権の次世代を担う人たちの中には「リエンジニアリング」指向のテクノクラートたちが一定数存在する。彼らがリエンジニアリングに着手するためにはある程度現在の構造が壊れる必要がある。このため計画的に「火をつけてまわる」必要があり、トランプ大統領はうってつけの大統領だった。しかし、管理を間違えてしまうとそもそも立て直すべきものが失われてしまうだろう。彼らが無事にアメリカ合衆国を受け継ぐことができるのか、それともそのまま統治すべきものが消失してしまうのか、注目に値する。

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