本日、高市総理に関するエントリーで「今後金融格差がかなり開いてゆくだろう」と予想した。さらにアメリカ合衆国の事例を参照し「格差が開ききった社会」で庶民がますます困窮してゆく様子を観察した。この現状認識の背景にあるのが金の価格の乱高下である。
現在、金の価格が上昇傾向にある。背景にあるのが米ドル離れである。このため2026年の年末までに金の価格が6000ドルまで上昇するだろうと言う見解もある。
今回の金の価格高騰はFRBの会長人事だった。リーダー氏が就任するのではないかという予想から金の価格が上昇。一転してウォーシュ氏が指名されたことでやや価格が下がっている。
しかしながら、途中から中国の主婦に代表される一般層が参加したことで急激な上昇が起きた。親類縁者からお金をかき集めて値段が上がっているものに投資をするのである。しかしながら、価格が下落したことでポジションを維持できなくなり、損失を抱えて撤退している。
この過程で金の価格が暴落したのだが、その後調整が入り「本来の価格(=年末よりやや割高になっている)」で落ち着いた。
整理すると次のとおりになる。
- セオリーを知っている人は高い価格に踊らされず、低い価格で金を「拾う」事ができた。
- セオリーを知らないまま巻き込まれた人は資金を失った。有り体に言えば、持っていない人から持っている人に資金が奪われた。
- これを見ている一般人は「これは投資ではなく投機である、近づかないほうが無難だ」と学習した。
しかしながら金の価格がじわじわと上がっていることは確かだ。経済・金融政策に疎く「撤退もできない」高市総理のもとで、この先も現金の価値は下がってゆくものと予想されているのだから、実は「投機」に手を出さない人も次第に貧しくなっている。さらに日本もアメリカも経済に疎い人たちほど物語に耽溺し自分たちをより貧しくする選択に加担してしまう。
時事通信によると「民主主義」は、高市総理を止められるのは市場だけと言っている。つまり国民生活を困窮させるような円安基調を金融市場が止めてくれることを期待している。これは機会を逃している人たちの集合体である。しかし金融市場はそもそも政治を批判しないし機会を逃してくれる人に機会を提供したりもしない。単にお金のない人からお金のある人に資金が移動するだけ。だから、マスコミが市場のアラートに期待しても市場がメディアに代わって高市総理を改心させることなどないのである。
しかしながら、個人の経験を照らし合わせてみても、一朝一夕でリテラシを身につけるのは難しいと感じる。昭和の金融資産教育というのは「こども銀行」止まり。つまり余ったお金を将来のために貯金しましょうという教育が一般的だった。このような認識しかない中でいきなり「投資リテラシ」を持つことなど誰にもできない。
さらに「民主主義」に洗脳されており「最後には社会正義が勝つ」と思いたいところもあるが、今のところそれは実現していない。それどころかどんどんと理想が遠のく実感もある。
現在の政治状況を冷静に判断しつつ、一人ひとりが学べる範囲で着実に学ぶしかないのである。
結果的に次のようなことになる。
- 学ばずに投資に手を出した人からはお金が離れてゆく
- 離れたお金は学んだ人、あるいは学んだ人にお金を預ける余裕がある人のところに集まる
- それを遠くから見ているだけの人はじわじわと資産を減らしてゆく
こうして「二極化」が進んでしまうのだろう。

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