9,100人と考えAIとも議論する、変化する国際情勢とあいも変わらずの日本の行方


貧乏が好きな日本の有権者は高市早苗総理を支持

9〜13分

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高市早苗総理の軽率な発言をきっかけに円の価格が急落した。日本の有権者は夢を語る高市早苗総理を熱心に支持しており、朝日新聞の情勢調査では自民党単独で300議席に届く勢いなのだという。つまり国民は円安による物価高を積極的に支持しており、日本人が進んで貧乏になりたがっているということがわかる。

ただ、批判をするうえでは、高市総理の発言がすべて間違っているわけではないという点だけは十分に踏まえる必要がある。問題はマインドセットと絶望的な知識不足である。

高市総理の軽率な発言をきっかけに円の価値が急落した。総理はSNSで自分は円安を容認しているわけではないと釈明したが、この釈明は却って「おそらくこの総理は経済について何も理解していないのだろう」と金融市場に知らしめることになった。官房副長官も「円安メリットを強調したものでは全くない」との説明に終止したが意味のない釈明だった。

高市総理がなにか発言するたびに日本の富と経済的機会が削られてゆくのは今回が初めてではない。まるで何かに取り憑かれたように日本の経済成長機会を奪ってゆく。

台湾を巡る軽率な発言で中国との関係が急速に悪化。トランプ大統領の放埒な発言を念頭にヨーロッパが中国に接近する一方で日本はバスに乗り遅れた形になっている。

日銀は急速な円安を懸念している。1月の会合議事録では「現在の円安水準から見ると、そもそも日本の財政は拡張的過ぎる」との発言が相次ぎ、次の利上げのタイミングを逃すべきではないという意見が出たとされる。

一方で有権者は高市総理を支持しており、朝日新聞による情勢調査では300議席に届く勢いが生まれているという。読売新聞は高市総理の軽率な発言で日本の経済的地位が毀損することを恐れているが、国民的人気を背景にして意見が言えない。そのため「外国の報道」を引き合いにしておずおずと「これでは第二のトラスになる」と主張した。

30年も成長から取り残されている内に、日本人はすっかり貧乏が好きになってしまった。「政治とカネ」で厳しい監視を受けている政治家もこの影響を強く受けている。日本政府はアメリカの国債を支えており、その利益(余剰金)だけで5兆円に達する。しかしこの5兆円を溶かすわけには行かないので、運用も保守的にしか行えない。こうした余剰金は一般会計に組み入れられて、防衛費などに流用されている。

貧乏人はそもそも金融については勉強しない。おそらく野党の「政府系ファンド」という発想はここから生まれているのではないか。

円の価値が毀損されると外貨建ての金融資産の価値が上がる。そして毎年大量の余剰金(=主に利子・為替評価益・売却益など)が一般会計に組み入れられている。そこで「これが直線的に続けば消費税などにも賄えるのではないか」と考える人が出てきてもおかしくない。それが政府系ファンド構想だ。

確かに今はそうかも知れない。アメリカ合衆国では高止まりするインフレを抑えるために米国債には高い金利が設定されている。しかしながら現在アメリカ合衆国の財政当局はこの金利を下げようとしており、どの程度まで下げることができるのかが議論されている。

トランプ大統領はできるだけ低金利を目指したいようだが、短期金利を下げすぎると長期金利が逆に上がってしまうというジレンマに直面。政治圧力の中で、ウォーシュ次期FRB議長が中央銀行の独立性をどこまで維持できるのかに、市場の注目が集まっている。

改めて考えてみると「失われた30年」の間に、お金は汚いもの・儲けるのは悪いことといううっすらとしたイメージが作られていると気付かされる。与党も野党も経済や金融について勉強しなくなった結果、本来なら活用できるはずの国家財産が管理できなくなっているのだ。

改めて考えてみると、「失われた30年」の間に、お金は汚いもの・儲けるのは悪いことだという、うっすらとしたイメージが社会に刷り込まれてきたことに気付く。与党も野党も経済や金融について学ばなくなった結果、本来なら活用できるはずの国家財産を十分に管理・運用できなくなっているのだ。

さらに視野を広げれば、国家経済の実力や人材が本来持っている資質についての棚卸しすら十分に行われていない可能性が高い。

1970年代の日本は働いて稼ぐ国家だった。その後のバブルが失敗に終わったために「財テクで稼ぐのはいけないこと投資するのは悪いこと」という思考停止状態が30年も続いている。

少し皮肉な言い方になるが、日本はいま「宝の山に埋もれた貧乏人」として、歪んだ自己認識のもとで過去の夢にしがみつき、その結果として自ら貧しくなろうとしているようにも見える。

その意味では、高市総理の「戦略的集中投資」という考え方そのものは決して間違っていないのだろう。問題は、それを自らの言葉と政策として咀嚼し、国民に説明し切れていない点にある。その未消化ぶりが、今回の円安発言と、その後の貧弱な釈明に象徴的に表れている。

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