セクハラ騒動を受けて福井県で新しい県知事が誕生した。保守分裂選挙を制したのは外務省出身の35歳石田嵩人氏。SNSでの情報発信で有利な状況を作った。ところが選挙キャンペーンでの「日本は単一民族国家である」という発言が問題視されて異性に追い込まれている。かつては中曽根康弘総理大臣は日本人の優秀さを表現するために使った傲慢な表現だが、現代では日本人の余裕のなさと焦りを象徴するワードとして使われている。だからこそ石田氏の発言が問題視されればされるほど支持者たちは盛り上がるかもしれない。不当に誇りを奪われていると反発するからだ。
アメリカ合衆国はオバマ大統領の時代に「意識高い系」が大学などを席巻した時代があるそうだ。このときにルサンチマンをつのらせた人々が今のトランプ政権の中核になっている。
日本にも同じような状況が生まれているがどちらかと言えば世代間対立の色彩が濃い。いずれにせよ発言を抑えれば抑えるほど反発も強くなってゆく。そして最終的には抑えが効かなくなり暴発するだろう。アメリカがそうだったように。
「今のだらしない日本を作った大人たちを一掃すればもっと誇り高い日本に慣れるのではないか」と考える人達は塊として可視化されてこなかったが、SNSの登場で「同じ考えを持っている人がいる」と発見した人は多いはずだ。
今回の福井県知事選挙はいわゆる保守分裂選挙だった。自民党が支援した元副知事を若い石田嵩人氏が打ち破ったのだった。石田氏は単一民族発言は訂正したもののベースにある「無計画に移民を入れる現状」は今ここにある危機だと主張している。そして、この主張が既得権側の副知事に勝利する原動力の一つになった。
そもそも政治的正しさを知らない日本の有権者は「日本語がデファクトスタンダードな状況で日本が単一民族であるというのは当たり前なのではないか」と考えるのではないか。その当たり前のことをいえないのはおかしいと反発することになるだろう。だから「石田氏が単一民族発言を訂正したのはだらしない日本を作ったいやらしい大人の圧力である」と感じ、却ってシンパシーを感じてしまうかもしれない。
この単一民族発言は過去に中曽根康弘総理大臣の発言として問題になった。しかし当時の文脈は今とは全く異なる。もともとこれは知的水準発言の一部だった。1980年代に経済成長を果たし万能感に浸っていた日本人は「アメリカ合衆国は知的水準が低い」と考えた。アメリカ議会で発言が問題視されると釈明のために「日本は単一民族だから」と発言しアイヌ系の反発を受けている。当時の単一民族発言は高揚感の裏返しだったが今は「経済的に中国に勝てない落ち目の日本」という劣等感の裏返しになっている。
いずれにせよ今回の福井県知事選挙で、若い人が支持する自民党がこれまでの自民党とは根本的に異なっている事がわかった。だからSNS発信の中身を変えても主張が伝わることはないだろう。
彼らは本質的には反自民だが「高市早苗が総理大臣である」ことを前提にして限定的に支援しても良いと考えている。そしてそう考える人は実は地方にも多いということだ。
時事通信は自民、参政の勢い警戒 福井知事選に敗北【26衆院選】でこの事象を取り上げ自民党が参政党の勢いを警戒していると分析している。
潮目が変わったのは19日だ。福井出身の神谷宗幣参政代表が県庁で記者会見し、外国人労働者の受け入れ制限など石田氏の主張を評価。「明らかに参政に近い」として支持を表明した。石田氏は4000票余りの差で当選。県内のある首長は「参政が支援を決めてから党員が動きだした。SNSも使った動きが県全域に広がった」と明かした。
自民、参政の勢い警戒 福井知事選に敗北【26衆院選】(時事通信)
この勢いに乗り参政党は小選挙区に4人、比例代表に8人を新しく送り出すことにした。福井県知事選挙で手応えを感じ票の取りこぼしを防ぐ狙いがあるのかもしれない。
前回の参議院議員選挙では参政党に票が流れ自民保守系落選相次ぐ 佐藤正久、山東昭子、赤池誠章、杉田水脈、和田政宗、長尾敬各氏ら(産経新聞)保守の候補者が軒並み落選しているが、今回は公明党票が中道改革連合に流れ保守票の一部が参政党に流れれば自民党リベラルに取っては極めて不利な状況が生まれる。
こうなると自民党の中にいるリベラルな人たちは「リベラル勢力で一つのまとまりを作らないと新興勢力に勝てない」と考えるようになるかもしれない。しかしこれはこれまでのリベラルとは全く違う別の政治集団である。つまり高齢既得権の防衛(=保守)がリベラルの中心課題となるのだ。

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