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【絶望国会】国家財政危機が浮き彫りに 高市総理の突然の解散宣言が可視化したもの

10〜15分

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高市総理の解散表明会見に唖然とした。中身がまったくなかったからである。政治報道のお約束としては「時代は二大政党制だ」とか「ここは中道改革連合でしょう」ということになるはずだが、当然そんな記事は書かない。

立憲民主党と公明党が作る「中道改革連合」が食品消費税の撤回を提案している。その財源として注目されているのが「政府系ファンド」である。つまり中道改革連合は「もう日本の国家予算は税金では賄えません」と言っている。だから海外で投資をしてその投資役で財政の不足を補おうとしている。

これ自体は「筋の悪い話」ではないと思う。そもそも日本は成熟債権国である。これは人で言えば「引退後」の状態。つまり投資の上がりで食べてゆくような状況である。と同時に「もう国内では稼ぎません」という引退宣言になる。問題点はおそらく「本質的にシルバー新党」である中道改革連合にそんなつもりはないという点だけだ。

では自民党案はそれより優れているのか。そうではない。第一に消費税減税の原資についてロジックを見つけることはできず「国民会議(立憲民主党や公明党も参加する)に丸投げします」と宣言してしまった。

中道改革連合がシルバー新党ならばこちらは「勝手に引退するな」という人々の希望を繋ぎ止めるためにまだまだ現役だと頑張っている状況である。

高市総理は、積極財政主義について中身を説明しなかった。これは城内実氏を中心としたチームが「なぜ積極投資が成長に結びつくのか」というロジックを期限までに提示できなかったからだろう。代わりに高市総理が持ち出したのが単年度主義の放棄である。

仮に単年度主義を本格的に放棄するなら、日本はOSレベルの法律の書き換えが必要になる。すべての財政関連の法案が「単年度主義」をベースに作られているが、これでは仕掛中のプロジェクトの現在価値や資産の状況を把握できない。また会計監査院も進行中のプロジェクトの現在価値の精査などしていない。つまり複式簿記を取り入れたうえで、標準会計以外の財務処理が必要になってくるばかりか組織もそれに合わせて改修しなければならない。

つまり(少なくとも現時点の議論を見る限りという留保は付けなければならないが)与党も野党も「今の財政ではもう約束を果たせない」と考えていることが分かる。つまり国民には選択肢が与えられていない。

特に自民党案は「政府が積極的に戦略投資をすれば日本の未来は明るい」というコンセプトが語られるばかりで、その内容管理方法も全く議論されていない。この状態で数カ月が経過してしまった。

代わりに高市総理が選択したのは旧式OSのパッチ当て作業である。

  • パッチ1:財政法4条(建設国債の原則)の「解釈」拡大解釈。「防衛・研究」も公共事業だと強弁し、法改正なしに建設国債を充てる。
  • パッチ2:「単年度主義」への対抗策は「基金」による国家予算の迂回。補正予算で「外付けハードディスク」にカネを移し、単年度主義を骨抜きにする。

問題が深刻なのは野党もこのパッチを批判していない点にある。それも当然だ。彼らが提案しているのは、政府とは違う別のパッチだからだ。

  • パッチ3:海外投資による収益で税収を穴埋め。税金ではない「運用益」という名目で、予算の制約を受けない財源を作る。

一連の情報をGeminiにフィードすると「本格議論はできないだろう」という出力が返ってくる。これまでの失敗を説明しなければならなくなるからだ。


財政法」の厳格運用はもはや無理: 法律を厳守すれば、防衛費も少子化対策も不可能です。しかし、法律を変える議論を始めると「財政破綻論」が再燃するため、「解釈」という名の脱法で凌ぐしかありません。

「資産」の再評価は、失敗の露呈: 複式簿記を入れれば、過去のハコモノや非効率な基金が「無価値なゴミ」として確定します。これを今の政治家は、与野党問わず直視できません。

「税」の機能不全: 消費税を上げれば政権が飛び、下げれば財源が消える。この袋小路を回避するために、「ファンド」や「一時的な給付」という、帳簿に載りにくい「疑似財源」に頼らざるを得ないのです。


ここでは自民党と中道の公約をみてきたが、国民民主党も「ファンド」と「柔軟な財政」の二本立ての公約になっているようだ。つまり現在の財政ではもう財源が捻出できないというのが政党間のコンセンサスになっているのである。さらに玉木雄一郎代表は「結果」は語るが「そこに至るプロセス」については選択的に避けている。「きちんと政策集に書いてありますよ」と抗弁するつもりなのだろう。

そもそも日本の財政は行き詰まりかけていた。

安倍総理はアベノミクスで時間を稼ぎその間に国民に負担を求めるべきだったがそれをやらなかった。高市総理や片山財務大臣は当事者としてそれに関わっている。そして公明党も「共犯」だった。そして創価学会の票が欲しいばかりにすり寄ったのが対案を提示できなかった立憲民主党ということになる。さらに共通認識は国民民主党の提案で検証できる。

つまり高市総理の場当たり的な解散戦略は期せずして「アベノミクスの出口」を誰も提示できないという絶望的な国会の状況を露呈してしまったのである。

今回調べていて唖然としたのは「もはや誰も不都合な真実を隠していない」という点にある。なんとなく難しい言葉を使っているように感じる人もいるかも知れないが特に難しいことは言っておらず、単に国会の責任を迂回しながら「今のやり方ではもう政府を回せません、どうしましょう?」と言っているだけなのだ。高市総理は責任を国民に押し付けることを「未来への選択」と言っている。

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