高市総理大臣の所信表明演説に対する代表質問が行われる。このエントリーではその予習としてなぜ高市総理の経済政策が行き詰るのかを考えてみたい。
問題点は2つある。1つはインフレが始まると「税率をあげなくても税収を上げる」ことは自動的に可能になるが、それでは高市総理を指示していた人たちが不満を溜め込みより過激な政党に流れる危険性が出てくる。つぎに高市総理の経済政策をそのまま実現すると「ギャンブル」になる。
つまり高市総理の政策が成功するか失敗するのかの要諦はリスク管理なのだが、初手から公明党の離反を招いている。高市氏を支えてくれるブレーンの層が薄い。また高市総理は安倍総理の後継として強さを打ち出し続ける必要がありギャンブルが後に引けなくなる可能性が高い。
賃金上昇について高市総理は次のように言っている。
- 日本は物価上昇が上回る賃上げが必要
- 高市政権は賃上げを企業に丸投げしない
- 賃上げの効果が得られるまで補正予算を実施する
丸投げはしないといっているが「どうやって賃金を上げるのか」については書かれていない。代わりに用いられるのが「気合い(強さ)」だ。
何を実行するにしても、「強い経済」をつくることが必要です。そのための経済財政政策の基本方針を申し述べます。この内閣では、「経済あっての財政」の考え方を基本とします。「強い経済」を構築するため、「責任ある積極財政」の考え方の下、戦略的に財政出動を行います。これにより、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げずとも税収を増加させることを目指します。この好循環を実現することによって、国民の皆様に景気回復の果実を実感していただき、不安を希望に変えていきます。
第219回国会における高市内閣総理大臣所信表明演説(令和7年10月24日閣議決定)
- 戦略的な財政出動を行えば
- 所得が増え
- 消費マインドが改善し
- 事業収益が上がり
- 結果として税率をあげなくても税収が増加する
と言っている。
しかしながら、実はインフレさえ起これば「税率をあげなくても額面の税収は増加する」ことが知られている。このためインフレは政府から家計への所得移転と言われる。
つまり、高市政権は賃上げが実現しなくても税率をあげずに税収を増やすという当初の目的が達成できる。経済が成長し始めるとその恩恵を受けられる人と受けられない人が別れる。安倍総理時代は低成長時代だったので安倍総理を熱心に指示していた人たちは自分たちが経済に取り残されつつあるという現実を直視せずにすんでいたが、今後はそうも行かない。
もちろん、高市政権は「気合だけでない」と反論するだろう。大胆な「危機管理投資」による力強い経済成長というセクションがある。これは政府が選択した分野に投資をすれば必ず経済成長が実現するという見込みを示している。しかしこれは「私は次に宝くじを買うときには当たるくじしか買いません」とか「今株価が上がっている株にしか手を出しません」と言っているのと同じことである。
具体的には次のようなことを言っている。このうち半導体、造船、航空はアメリカ合衆国が脱中国化を図っている分野を指している。アメリカの製造業は空洞化が進んでいるため韓国か日本に依存せざるを得ない分野だ。
一方でスタートアップ戦略などもやると言っていたがこれはこれまでも自民党政権が取り組んできたテーマである。おそらく高市政権中枢メンバーはこれまで気合が足りなかったと言いたいのだろう。
AI・半導体、造船、量子、バイオ、航空・宇宙、サイバーセキュリティ等の戦略分野に対して、大胆な投資促進、国際展開支援、人材育成、スタートアップ振興、研究開発、産学連携、国際標準化といった多角的な観点からの総合支援策を講ずることで、官民の積極投資を引き出します。
第219回国会における高市内閣総理大臣所信表明演説(令和7年10月24日閣議決定)
最も大きな問題は半導体・AI・量子技術への集中投資が含まれている点だ。ChatGPTに論点を整理させClaudeでアーティファクトをまとめてもらった。これは勝者総取りのギャンブルなのである。
これまでノーベル経済学賞の知見を研究してきた。要約すると次の通りになる。つまり国家はIusurerであるべきでギャンブルプレイヤーであってはならない。
- 経済を成長させるのはイノベーション
- 国家はイノベーションを起こりやすくするために、
- 民間企業が手を出しにくい基礎研究や人材育成などを国家が支援し
- 硬直化した社会構造を崩し
- 終わりかけの産業を救済する
戦後復興期の日本は開発独裁的な手法を用いて太平洋ベルト地帯という国土軸を開発した。また石炭政策を転換し余剰人員を製造業に流している。つまりこのときには国家が選んだ投資が経済を発展させている。
しかしながらこのような手法を複雑化した現在の産業にそのまま使うことはできないということがわかる。
高市政権について評価できる点は2つある。
第一に外交的には短期ゲームのリスクを管理しながら長期ゲームを続けなければならない。リベラルに偏りすぎた岸田・石破政権はこれがあまり得意ではなかった。高市総理大臣はトランプ大統領に最大限へつらいながらディールリスクをかわしつつ中国とも付き合ってゆくためには高市政権はなかなか良いスタートを切ったと言えるだろう。
また経済成長が始まったことで格差が拡大すると経済成長から乗り遅れる人たちが出てくる。彼らに対して「強い日本」という幻想を振りまきつつより過激な政党に流れないようにするという役割も果たさなければならない。
加えて高市総理はギャンブル性は高いのだが全く参入しないわけにはいかない分野への先行投資という課題を突きつけられている。
つまり高市総理はリスクを最小限にコントロールながら「上手に」失敗することが求められている政権ということが言える。
高市総理はこうしたリスクを上手にコントロールし勝てる内閣ではなく派手に負けない内閣を作らなければならない。
しかし高市氏は岸田内閣時代に総務省の官僚が作った文書を「捏造」と言い放ち、売り言葉に買い言葉で「捏造でなければ議員を辞めてやる!」と啖呵を切ったことがある。
このときも(確証はないが)高市総務大臣(当時)のことを面白く思わなかった官僚が元総務官僚だった小西洋之氏に情報を流したのではないかと思う。公明党の連立離脱騒ぎでもわかるように「離反しそうな人を事前に見抜いてリスク管理する」のは高市総理が最も苦手とする分野だ。
