高市政権は「彼女なら何か変えてくれるのではないか」という期待が大きい。特に若年層が高市政権支持に戻ってきており非常に好ましい。その期待に応えようと高市総理は各閣僚に細かな指示書を出した。この内容が切り取られて騒ぎを起こしている。
読売新聞が「高市内閣で「若年層」の支持急増、18~39歳は石破内閣の15%から80%に…読売世論調査」という記事を出している。高市さんなら現状を打破して強い日本を取り戻してくれるのではないかと期待する人が多いようだ。この調子でリーダーシップを発揮してほしいものだと書きたくなる。
しかしながらこのリーダーシップが混乱を引き起こしている。いつも見ているTBSの「ひるおび」では田崎史郎氏がこの指示書を見せながら「政治空白を埋めるために早速行動を起こしています」と宣伝をしていた。
経済評論家の加谷珪一氏はおそらく財源について言いたいことがあったのだろう。だが、加谷珪一氏は表向きは「中立」のスタンスを貫いており具体的な言及は行わなかった。野党が何らかの懸念を表明するのを待っているのかもしれない。
片山さつき財務大臣に対する指示書には単年度主義の見直しなど国家財政の根幹に関わる指示が書かれているようだが単年度主義が形骸化すればプロジェクトの費用対効果の検証が難しくなる。
「責任ある積極財政」といっても総理大臣の任期は限られており、結果が出る前に辞めてしまう可能性もある。またこれまでは「自民党が採用した政策は自民党が責任を持つ」のが自明だった。政権交代がほとんど起こっていないからだ。だが、多党化時代を迎えた今となってはその前提も怪しい。
原則論の不在は維新が突然持ち込んだ議員定数削減にも現れている。早速萩生田光一幹事長代行が「来年の秋ごろまでに政党間で決着すればいいのではないか」と主張しているが、維新は「すぐに着手しなければ連立離脱もやむなし」との考え。正し維新の狙いは比例依存の公明党潰しと利益誘導政党化しつつある現状の「匂い消し」ではないかと疑われている。
高市政権と維新は「共通の国家観を持つ」としているが、それが何なのかを言語化するのは極めて難しい。高市政権が持つ「精神論的な強い国」と維新の「既得権益打破」が合金的に融合している。
インプットと途中経過はよくわからないが、とにかくアウトプットだけが詳細である。このため一部が切り取られて大騒ぎを起こしている。その具体例が「庶民がイメージしやすい」お米と労働時間である。
高市総理は労働時間の規制撤廃を求めているとされる。背景にあるのはおそらく労働供給制約の緩和だ。高市政権の国家による強引な需要喚起はおそらく「選択の失敗」を生むだろう。
国家による成長分野選定は、成長の卵である基礎研究に対する投資を抑制し、国が思惑絡みで決めた「成長しそうな分野」に目を向けやすいという弊害がある。成功しそうな投資案件はすでにレッドオーシャン化している可能性が高い。中にはすでに死にそうなものを延命させるような投資案件も含まれている。
しかしながらこうした基本コンセプトはそもそも語られることがない。
国家が具体的なプロジェクトに過剰投資を行うと景気が加熱し特定の労働者が足りなくなる。これを沈静化させるためには利上げを行いたいが高市政権は利上げには消極的だと市場は見ている。このため円の価値がどんどん下がっている。低い金利で円を借りる円キャリートレードが温存される見込みがあるからだ。
いずれにせよ労働供給制約を緩和するために「高齢者の定義を変えれば高齢者が働くようになるのでは?」とか「働きたい人はどんどん働くようにすればいいのでは?」といったその場しのぎの解決策が提案されることになる。これが「ワークライフバランスを捨てる」と宣言した高市氏の漠然としたイメージと重なり騒ぎになっている。
- 高市首相、労働時間規制の「緩和」検討指示…自民は7月参院選で「働きたい改革」推進を公約(読売新聞)
- 労働時間規制緩和「看過できず」 是正に逆行―芳野連合会長(時事通信)
- 高市総理の「労働時間規制の緩和を検討」指示書が波紋 過労死遺族は「絶対にしないでほしい」(TBS CROSS DIG)
一方で農政にも反発が出ている。石破総理はこれまでコメの価格を安定させるためにコメの供給を拡大するとしてきた。ところが今回の指示書ではこれが覆ったようだ。おそらく農水族が押し返し石破内閣の方針が転換されたのだろう。更に具合の悪いことにメディア対応が得意だった小泉進次郎大臣が「汚れ役」の防衛大臣に配置換えとなり代わりに農水官僚出身の鈴木大臣が就任した。鈴木氏は米政策には詳しい「理屈で考えるタイプ」だそうだ。
党総裁選では茂木敏充元幹事長を支援した。鈴木宗男氏の娘で農政にも通じる鈴木貴子氏は共に旧茂木派で、憲和氏の妻と名前が同じというつながりもあるといい、親交が深い。貴子氏によると、憲和氏は「理屈で政策を考えるタイプ」。
元農水官僚で豊富な知識、自称「米マニア」 新農相の横顔(日本農業新聞)
そもそもコメの値段を下げるための方針転換だったが鈴木大臣はこれを「コメ価格の暴落」と表現。おこめ券もあるから大丈夫だなどと説明した。官僚出身だけあって「上から言われたことをやってそれなりに理屈をつければなんとかなる」と考えたのかもしれない。確かに理屈優先だが消費者の気持ちには寄り添っていない。
デイリーの記事のタイトルは【高市自民】ネット大荒れ「この人大丈夫か?」「不安しかない」小泉後任の農水大臣 お米4千円超→「おこめ券」発言に騒然 小泉備蓄米を否定「農水省は価格に関与しない」に反発「2万円給付の方がマシ!」「令和のマリーアントワネットw」となる。
例えばこの政策も総務省が地方に対して「おこめ券支援」を約束したという話がついていればそれなりに納得された可能性がある。しかしながら、当然指示書にはそのような「骨格」はない。官僚(まあ今は大臣なのだが)は言われたことをこなすのが仕事であり所管外の調整など行わない。
おそらく高市政権を支持するような人たちは「骨太で力強い国家観」に満足し「高市政権には背骨がある」と考えるだろう。しかしながら企業の経営戦略などに関わったことがある人ならば、国家戦略は大方針でありそれをブレークダウンしてそれぞれの方針に落とし込んでゆくべきではないか?と考えるはずだ。
結果的に「高市政権は一体どこに向かっているのだろう?」という疑問ばかりが降り積もることになる。
当ブログは高市政権は高い支持率で安倍イズムを完成させることによってその失敗を明白に可視化させる政権であるべきと期待している。しかし実際にはそこに到達する前にかなり混乱しそうである。非常に惜しいことだ。
