ノーベル各賞の発表シーズンがやってきた。トランプ大統領はノーベル平和賞を取れないと考えられておりこのところノーベル賞に敵意を燃やすようになってきた。さまざまな言動から「取れなくて当たり前だ」と思う人もいるかも知れないが、改めて言語化するのは難しい。ここはChatGPTに情報を整理してもらいながら考察を進める。便利な時代になったものだ。
今年もノーベル賞の発表シーズンがやってきた。時事通信がこんな記事を書いている。
そもそもノーベル平和賞とはなにか。自分の発明が戦争に使われることに罪の意識を覚えたアルフレッド・ノーベルが創設した賞の一つである。この賞だけは特別にノルウェーで選定される。
これをキリスト教的に翻訳すると次のようになる。
人間は「原罪」という罪を背負っており「神の道から外れている」が、神はイエス・キリストを地上に差し向けて「許しの意思」があることを示した。アルフレッド・ノーベルにとって当時の社会状況は戦争という罪に満ちた時代であり自分の発明もその道具に使われた。このままでは神に赦されることはないのでその利益を使って社会貢献活動に資金を充てようとしたのだ。ただし、アルフレッド・ノーベルは「近代人」なのでこの賞が特にキリスト教の精神と結びついているわけではない。正確に言えばキリスト教の伝統によって涵養されユニバーサル化された価値観に根付いているというべきかもしれない。
この後の記事を書くのにChatGPTを使った。南北戦争の原因とオバマ、バイデン、トランプ大統領の宗教的背景について2つのドキュメントを作った。
アメリカ合衆国のキリスト教は大陸進出の過程で変質してしまう。コミュニティが崩れ社会が不安定化すると「再び神とつながろう」とする第二次覚醒(1800-1840)という運動が起きる。
この過程で南部は伝統的な教会が残ったが北部は個人主義化してゆく。そのまま教会の分裂と地域間対立に発展し最終的に南北戦争(1861-1865)に行きついた。戦争で北が勝利すると目的を失った北部の教会は再度分裂し南部は「北への敵意」を核に白人を中心に再結束した。また黒人の教会も作られるようになる。
実際には明確な南北格差があるわけではなく「モザイク化」したようだ。
問題なのは南部もまた階層化された教会を維持できなかったという点だろう。今回の考察の出発点はAxiosの記事だが、地域から教会が消えているのだという。
ベトナム戦争の混乱などを経て地域教会の代替物として台頭したのがメガチャーチである。北部はすでに共同体としての教会を維持しておらず南部教会も形骸化が進む。その穴埋めのために生まれたのがエバンジェリストがテレビ伝道でキリスト教を広める「リバイバルした福音派」だ。
福音派はもともとカトリックのような宗教的権威を嫌うため「民主的」に運営されている。しかしながら権威者がいないため極端な主張を持った宗教指導者によって変質しやすいという弱点を抱える。信仰に現世利益を持ち込み支持者に金銭や時間などの貢献を求める傾向を持ったメガチャーチも多い。
もともとキリスト教は「原罪」の意識を持っており人類は神に赦しを請い願う存在とされている。だからこそ「人に赦しを与える」という構造がある。また神の原理は不可知とされるため人間が神に代わって誰かを裁くということは基本的にありえない。
しかしトランプ大統領はそれを理解していないようだ。
どうしてこんな事になったのか。オバマ大統領・バイデン大統領・トランプ大統領の宗教的バックグラウンドの違いに起因する。
バンデン大統領はアイルランド系のカトリック教徒なのでヨーロッパ的で伝統的なキリスト教会のインサイダーである。一方でオバマ大統領の父親はイスラム教徒で若いときには熱心なキリスト教徒ではなかったという。後に黒人コミュニティで宗教を改めて学びキリスト教的な精神を「あとになって」学んだ。都市で発達したリベラルな新興的キリスト教の影響を受けているそうだ。
ところがトランプ大統領は伝統的キリスト教徒であるという自負があり「改めてキリスト教の精神など勉強しなくてもいい」と考えている。ChatGPTはこれを「文化的キリスト教徒」と言っている。
皮肉なことにこれはクリスマスを文化的行事と考える日本人と似ている。日本人はクリスマスの宗教的意味をあまり考えず、ケーキやクリスマスツリーなどが「キリスト教の本質だ」と考える傾向がある。
トランプ大統領はキリスト教の価値観をあまりよく理解していない。
自分と神との関係は良好であり、赦しを求めるのは好きではないと主張しているそうだ。ChatGPTはわざわざCNNの切り抜き映像を根拠として示してくれた。つまりトランプ氏は原罪すら理解していないため「キリスト教が寛容の宗教である」と理解できていない。
さらに日本人がクリスマスとハロウィーンを区別できないようにトランプ大統領も何がキリスト教的なのかさえ理解できていない。結果的に自分を死神に例えるような倒錯したビデオをソーシャルメディアにあげてしまう。ハロウィーンをキリスト教行事だと思いこんでいる人も多いがもともとはケルト系の行事だったとされる。
一方でノルウェーやスウェーデンでも教会に通う人たちは減っており「文化的キリスト教化」が進んでいるそうだ。北米と北欧の違いはコミュニティの変化だ。北欧は北米ほど社会移動が活発ではないので脱キリスト教化がキリスト教の価値観の破壊につながらなかったようだ。これもChatGPTに整理してもらった。
キリスト教が持っていた博愛などの精神は脱キリスト教化しユニバーサルに展開されてゆく。しかしながら現在の社会情勢が「本来の状況ではない」という意識がありノーベル平和賞を通じてそれを取り戻そうとしている。
オバマ大統領がノーベル平和賞を取れたのはおそらくおとなになってから「キリスト教的価値観」を合理的に学び直したからだろう。一方でトランプ大統領は「キリスト教を知っている」という自己認識を持ちながらも実は本質的には何も理解していない。だからトランプ大統領にはノーベル平和賞が取れないのだ。

“トランプ大統領はなぜノーベル平和賞が取れないのか” への2件のフィードバック
その国で生まれて育てば、宗教や文化や習慣に触れるから、学ばなくても理解していると思ってしまいますが、学ばないと知識が穴だらけだったり本質を理解することができないのは、日本に住んでいても感じます。本質だけでなく、単純に知らないことも思いのほか多くあります。外国人に好きな日本のことわざを聞いて、帰ってきた答えの半数が中国が由来のものがありましたが、特に気が付いていなかったり、門松の切り口が平行なのをおかしいという人たちがいるくらいですから、学ばなければそんなものなのかもしれません。
保守系を自称するのに、漢文は不要という人もいました。反中・反韓的な思想で言っているようですが、それじゃ伝統を理解できないよねと反射的に思いました。
現代社会で登場してきたトランプみたいな「伝統」や「保守思想」を主張する人と、昔からの伝統や保守思想を重んじてきた人たちとでは言葉は同じですが、中身はまるっきり違うというのは、アメリカでも日本でも同じなんだなと思いました。
自分はきちんと知っているはずという油断が生まれると思うんですよね。