トランプ大統領がイギリスから異例の高待遇を受けている。極めて例外的な二度目の国賓待遇での訪英を果たした。トランプ大統領はチャールズ国王は友だちであると主張したが、各メディアはこぞって「友だち」とカギカッコ付きで伝えている。
アメリカ合衆国には教養がない金持ちというクラスがあることがわかる。王様がどんな存在なのか貴族社会がどんなものなのかを彼は理解できていないのである。彼の無教養ぶりはアメリカ政治の今後を占う上で極めて重要な要素といえる。
先日シカゴに対する戦争を宣言するトゥルースソーシャルの投稿が話題になった。元ネタになったのは地獄の黙示録に出てくる登場人物。文脈を無視してアメリカの戦争のロマンチシズムを持ち出し、早くサーフィンがしたいからという理由で現地住民を焼き殺した人物として描かれているそうだ。
しかしながらトランプ大統領はこの作品の寓意がわからず映画を文字通りに捉えてしまった可能性が高い。
アメリカ合衆国は競争社会ではあるがクラス社会ではないためエリートたちはさまざまな指標を使って自分たちがいかにアッパーであるかを示す必要がある。
おそらく教養は有効な指標だろう。表面的な教養ではあっても映画の文脈を正しく理解することは極めて重要と考えるとトランプ大統領が当時のビジネスエリートの世界に受け入れられなかったであろうことは間違いがない。
教養はいわゆるマウンティングの材料なので他者排除に持ちられる。
トランプ大統領はホテルや飲食で成功したビジネスマンの家庭出身ではあるが、おそらくアメリカの上流階級が獲得すべき教養を身につけていなかった。加えて父親はドイツ父権的な抑圧思考を持ち長男の人生を破滅に追い込んでいる。
父親からの絶対的承認を得られず常に自己証明を必要とする人物で、おそらくは教養ある上流のビジネス社会からも排除されていた。彼が教養を持つエリートクラスを恨んでいたとしても何ら不思議はない。トランプ大統領はオバマ大統領やトルドー首相のような見た目が爽やかで共感能力(エンパシーが高い)人気者が嫌いだ。
今回の訪英でもチャールズ国王を「友だち」と主張。ヨーロッパ的な貴族社会を理解できず単なる「権力のある金持ち」と見ている事がわかる。
その意味では現在のトランプ大統領の暴走は、彼を受け入れることのなかった社会への復讐なのだ考えられる。だからトランプ大統領がアメリカ社会を破壊し国際的地位を低下させたとしてもそれほど不思議ではない。
ではなぜトランプ大統領は一期目で自分を受け入れなかった社会への復讐を果たさなかったのか。考えられる理由は2つある。
第一に、トランプ大統領は大統領選挙に敗れている。これは単なる選挙の敗北ではない。人格的な否定である。否定の後に4年間もの間「次はどうやって復讐しようか」と考える時間があった。
興味深い逸話がある。ジャーナリズムが政権を監視するのは当たり前だが、トランプ大統領はこれを個人攻撃と受け止めている。チャーリー・カーク事件をきっかけに左派組織を徹底的に糾弾するものと見られているが、これについてABCの記者に質問され「お前のような人間も追い詰めてやる(to Go After)」と答えている。必要がない脅迫だがそう言わざるを得ない心理的な圧迫を常に抱えているのであろう。
ドイツ式父権社会の圧力にさらされて、父親からの無条件の承認を得ることができず、挫折を経験し、社会に復習を誓うという構図は、ヒトラーに似ている。
ヒトラーはミュンヘン一揆に失敗すると収監される。そこで「何がいけなかったのか」について考え「我が闘争(マインカンプ)」を執筆した。これが1923年から1924年頃の出来事だった。しかし、我が闘争はすぐに評判になることはなかった。
ところが1929年にアメリカ合衆国で大恐慌が起きるとドイツ経済は第一次世界大戦後のハイパーインフレから一転して失業を伴ったデフレに陥る。混乱期から低迷期に移行したことでヒトラーの思想の需要が高まってゆくのだ。
トランプ大統領とアドルフ・ヒトラーを軽々に比較することは避けられなければならないが、自己否定を嫌うという態度には共通点があるように思える。
アドルフ・ヒトラーの父親は私生児だったが叩き上げの高級税関吏に出世した。家庭内では厳しい父親でアドルフ少年が自分の後を継ぐことを期待していたという。しかし父親のアロイスは早くに亡くなりその後に母親も亡くなっている。
しかしながら本人に何らかの共通点があるからといって社会がそれに呼応するとは限らない。
アメリカ合衆国の経済は極めて好調な状況を保っている。
つまりドイツが置かれていたような経済的敗戦状態にはない。しかしながらその経済は極めていびつな状況に陥っている。インフレが高まる中でトップ10%がおよそ半分の消費を行っている。
所得分布上位10%の消費者による支出は4-6月(第2四半期)に消費全体の49.2%を占めた。1-3月(第1四半期)の48.5%から上昇し、1989年以降で最高水準となった。
米経済支える個人消費、富裕層依存が鮮明に-景気拡大の持続性に影(Bloomberg)
こうした経済状況下で90%の人々が抱くのが相対的剥奪観である。
日本の事例で見るとわかりやすい。就職氷河期を経験した人々が優遇される外国人や若手社員を見ると「自分がもらえるはずだったものが誰かに奪われている」という感覚を持つ。ところが彼らは十分な自己主張ができないので、誰か強いリーダーが自分に代わって相手を懲らしめてくれることを期待してしまう。これが相対的剥奪だ。十分に育った相対的剥奪観は底なし。怒りの矛先が滅びるまで(あるいは滅びても)満足はしない。
繰り返しになるが「トランプ大統領はヒトラーに似ている」という決めつけを行うべきではない。しかし、やはり似たような構造が生まれつつあるのは確かである。後は日々のニュースを通じてこの構図が状況を説明できるのかあるいはそうでないのかを確かめてゆく作業が必要になる。
なおトランプ大統領は王室からは歓待されスターマー首相ともうまくやっているが、訪英反対運動も起きている。エプスタイン氏の顧客にはイギリス人も含まれており、ウィンザー城ではプロジェクションマッピングショーも行われた。イギリス当局はこのプロジェクションマッピングが無許可であったとして4人を拘束したそうだ。
