ジョージア州にある現代自動車のEV電池工場で大規模摘発があり大勢の韓国人が捕まった。475人のうち300人以上が韓国籍だったそうだ。韓国政府は自国民が不当な取り扱いをされないか懸念しており現代自動車は自分たちが雇ったわけではないと釈明し大騒ぎになっている。だがいろいろな記事を読むと別の問題が見えてくる。工場をアメリカに回帰させても働く人を育てなければ意味のあるものにならないという人材育成の問題である。
CNNやBBCなどを読んでも表面的には不法労働者の摘発が行われ大半が韓国人だったということしか書かれていない。工場関係者は「まさか中まで入ってくるとは思わなかった」と言っている。現場にはちょっとくらいならいいのではないかという気持ちがありそれが徐々になし崩し的に広がっていった可能性がある。
だがAxiosは少し別の視点を持っているようだ。BBCによるとそもそも今回摘発された人たちの中には商用の人が2名いたそうだ。短期のビジネスミーティングであれば合法的に滞在が許されている。Axiosはこれに加えて技術指導の人なども含まれていたのではないかと言っている。これも定住者とは区別して考えられなければならない。
不法移民摘発はとにかく急ごしらえで作られた部署なので「定住を目的にしたライン労働者」と技術支援・ビジネスを目的にした短期滞在者を区別することは難しいだろう。
これを展開してゆくとそもそもアメリカ合衆国に複雑な工場を支えることができる技術系労働者がどれくらいいるのかという点が問題になるとわかる。
アメリカ合衆国の製造業は1970年代から衰退が始まった。1980年になるとトリクルダウン理論のもとで成長産業に人が集まるようになり製造業はブルーカラー中心となっている。アメリカに国際競争力を戻すためには単純労働者だけでなく技術支援やマーケティング人材などの高度な労働力が必要となるだろう。
しかしトランプ大統領は関税で世界を恫喝すれば製造業がアメリカに回帰し国際競争力が自ずと回復すると考えている。このため国を挙げた労働力育成のような面倒な事業には興味を持たない。
おそらく労働者の士気もかなり落ちているのではないかと思う。労働組合の権利意識は極めて高い。一方で航空機事故が多発している。人為的ミスも多く安全意識が希薄になっているようだ。
さらに関税政策の影響でブルーカラー労働力が減少しているという報告もある。関税の影響で部品調達コストが値上がりしているうえに、そもそも外国生れの労働力に依存していた。
今回の現代自動車の摘発騒ぎは表面的には現代自動車の問題なのだが工場だけを建設してもアメリカに仕事が回帰するわけではないという極めて単純な事実を象徴している。
産業政策は人材育成から緻密に組み立てられるべきだがトランプ政権にはおそらくそのような政策構築能力はない。
製造業は非常に複雑な産業だ。この人はビデオで新しい製品のコンセプトを提案する。この後この人のアイディアを模倣するいい加減な業者が多数現れたため自分たちで事業を立ち上げることを決意した。
ところがカナダの郵便がストライキを起こしたためアメリカ合衆国に輸入できなくなってしまう。おそらく彼が事業を軌道に乗せたのはトランプ関税前でカナダからの「輸入」に関税がかかる前だった。非常に小型の事業のため自己資金で賄ったようだが、普通工場を立てる場合には他人からお金を集めてきてそれを運用する。このため関税政策や移民政策がコロコロと変わるような状況で製造業企業家が投資を控えるようになるのは極めて自然な心理状態ではないかと思う。
明治維新期の日本は自分たちが立ち遅れていることを自覚して海外から教師になる技術者を呼び寄せた。しかしアメリカ合衆国は本来優秀であるべき自分たちの地位が外国に盗まれたと考えておりおそらく海外に学ぶ姿勢を持たない。
更にトランプ大統領は不動産業出身であり「トランプ」というブランド価値で土地の価値を高めている。つまりイメージで価値のある土地を作り出せば工場が自動的にニョキニョキと立ち収益が上がるという脆弱なイメージを持っているのではないかと思う。
そもそもトランプ氏そのものが製造業以外の産業が重んじられるようになった時代が生み出したビジネスマンであるともいえるのだ。
