このところ、トランプ大統領とアメリカ合衆国は自由主義と自由通商を守るつもりはないと書いてきた。このように書くと「トランプ大統領は独裁を志向しているのではないか」と考える人も出てくるだろう。
だがそうではない。トランプ大統領は永遠の現在を生きており単に混乱しているだけだ。
日本人の対応は極めて簡単。混乱しているという状況を受け止めて対応策をみんなで考えればいい。
トランプ大統領がウクライナとロシアの間の領土交換をほのめかしてから大騒ぎになっていた。力による現状変更の容認はヨーロッパの核心的利益を損ない東アジア情勢も危険にさらすというのはこれまで見てきた通り。
ABCニュースや共同通信がトランプ大統領のトーンの変化を伝えている。ABCニュースは今回のプーチン大統領との会談は「探り合い」になるだろうとするホワイトハウスの見解を伝え、共同通信もこれをホワイトハウス報道官の声明として抜き出している。
ABCニュースは冒頭で「和平を結ぶのは自分の責任ではない」とトランプ大統領が主張したと書いている。トランプ大統領は単にプーチン大統領の意向をウクライナ側に伝えるだけなのだそうだ。ヨーロッパの首脳が12日に強い態度で「力による現状変更を認めない」と主張するようになると面倒になり逃げてしまったということになる。
ところが記者たちが「では合意が結ばれるかをどうやって知るのか?」と聞くと「ディールを結ぶのが自分の責任だ」と回答している。調整はできないが最終合意の席には自分がいなければないということになる。
トランプ大統領にとってウクライナとの戦争を終わらせるのは自分でなければならず、したがって合意の席には呼ばれるべきだと考えているとわかる。そしてそのためには領土の交換が必要だと主張し続けている。
この一連の流れから、トランプ大統領は「戦争解決のための領土交換」が何を意味するのかを全く理解できていなかったし今でもまだ理解できていないことがわかる。しかしながらノーベル平和賞にだけは強いこだわりを持っている。彼は周囲のニーズに気がつけないのでそこから何も学ぶことができないのだ。
トランプ大統領は代わりに盛んにワシントンの治安向上について自分の考えを主張したそうだ。自分はあくまでも平和の守護者でありそのために必要なことをしようとしているだけという認識があるのだろう。確かにワシントンDCは連邦の管轄でありトランプ大統領にはワシントンDCの治安を守る権限がある。
ところがリベラル系メディアはトランプ大統領が軍の銃口を内国民に向けることを恐れている。最初は不法移民刈りに州兵を動員し、次はホームレス対策だ。現在リベラル系メディアはこのホームレス対策が他の諸都市(特に民主党が支配する地域)に及ぶことを恐れている。州兵の動員が既成事実化すると今度はトランプ大統領の政敵に銃口が向かうのではないかという予想がある。
トランプ大統領のこれまでの行動を見ていると彼は明らかに「良かれ」と思って様々な行動を起こしている。その意味では問題解決型といえる。ところが彼の交渉手法は極めて稚拙。敵を恫喝して力で屈服させるというもの。これが様々な分野で警戒されているのが実情だ。
さらに状況が混乱すると仕掛中のプロジェクトを放りだし次の仕掛中のプロジェクトを作る傾向もある。
先日ドイツの大統領の「過去と向き合うものは未来を諦めない」というフレーズをご紹介した。日本は「過去と向き合わないがゆえに未来を放棄しかけている」と分析したのだが、アメリカの場合「永遠に続く現在を生きている」ということになる。トランプ大統領はこうして様々な過大にに対処しようとしては失敗しプロジェクトの瓦礫がいたるところに散乱している。過去の失敗から学ぶこともない。知見が貯まらないのでとりあえず相手を脅すという手法に固執し続ける。
現在アメリカと日本の株価は絶好調だ。対中国関税も90日の執行猶予になり「落ち着くところに落ち着くだろう」ということになっている。
この関税を誰が支払うのかは定かではないのだが関税は富裕層・企業に対する減税の原資になっている。つまり中間所得者から富裕層への資産転移が起きているということだ。中間所得者がこの構造を正しく理解できるかは未知数だが不満は何らかの形で蓄積し次の問題が生じることは明らかである。
実はこの関税は裁判で係争中になっており最終的に執行停止と関税の払い戻しが起きる可能性がそれなりに高い。ではこれで富裕層・企業減税の差し止めにつながるのか?
トランプ大統領は関税が差し止めになれば社会福祉に影響が出ると行っている。つまり格差の拡大を残したままで低所得者が被害を受けるとして裁判所を脅しているのである。
トランプ大統領は強い意志で独裁を志向していると考えるのは正しくない。彼はアメリカ合衆国というシステムを理解せず、過去からも周囲からも学ばず、永遠の現在を生きている。結果的にアメリカシステムの不透明さは増してゆき自滅の道を進み続けているというのが実情だ。
アメリカ合衆国が自滅したからと行って新しいシステムが作られるということにはならない。第一次世界大戦から第二次世界大戦までの経緯を考えると極のない状況は不安定さを作りだすことになるだろう。
