先日来「宗教は天国がいつまでも来ないことを望んでいる」と書いている。これをアメリカ合衆国に当てはめると「アメリカ第一主義」への戦いは永遠に継続されなけれならないことになる。自分でも「そんなバカな」とは思うのだが、本当にそうなりつつある。本能的に「これは違うのでは?」ということも実際に観測されればそこには理由があると考えなければならない。
ラトニック商務長官が「EUとさらなる駆け引きを行う」との見通しを明らかにした。EUとの協定は結ばれたはずだが加盟国からは異論が出ている。
さらに中国とアメリカの間でも合意は成立しなかった。だが交渉を続けることで合意し90日の期限も延長されるようだ。習近平国家主席はトランプ大統領とは会わない。
しかしアメリカ合衆国は腹を立てておらずむしろ危機としてディールを楽しんでいる。プーチン大統領との間に和平交渉が成立せず苛立っているような苛立ちはない。
つまり合意があってもなくても「とりあえず交渉を続けること」に意義があると置かなければ眼の前で起きていることや要人の発言が説明できないのである。
ではなぜこんな事になっているのか。
アメリカ合衆国は1970年代から製造業が停滞し始め「スタグフレーション」に陥る。レーガン政権は金融やITなどの一部産業が全体経済を牽引するトリクルダウンセオリーを提唱。後にトリクルダウンはなかったと結論付けられている。
レーガノミクスのためにアメリカでは格差が拡大した。炭鉱業が盛んだったアパラチアが没落し製造業地域も「ラストベルト化」している。これらの地域では没落した旧中間所得者たちが家庭不和や薬物中毒に苦しんでいる。ヒルビリー・エレジーで知られるバンス副大統領もこの地域の没落白人層の出身である。バンス副大統領はトランプ大統領の後継者の一人と位置づけられているがこれは没落した白人層をトランプ政権に引きつけておくための装置だ。
一方でトランプ政権は富裕層を減税し金利を引き下げることでアメリカの経済をますます加熱させようとしている。収入が上がってゆく富裕層や高中間層にとっては良い政権だが、低中間層・低所得者にとっては悪夢のような政権だろう。
低中間層・低所得者が「格差によって苦しめられている」と気がつくのはまずい。代わりに「外国がアメリカの製造業をめちゃくちゃにした」とのメッセージを発出し「盗みを働いたのは外国である」と言おうとしている。
また医薬品の高騰も問題だ。規制が少ないためにお金さえ出せば良い医療が受けられる。当然市場は加熱しアメリカは医療メーカーにとって世界で最も稼げる市場。しかしトランプ大統領はこれをアメリカで薬を作らないからいけないと捉え医薬品に関税をかけようとしている。アメリカで作りさえすれば薬価は引き下がると考えているのである。二週間以内に「15%を超える医薬品関税」が発表されるものと予想されているそうだ。
関税は実際にはアメリカにインフレをもたらすだろう。まともなアメリカ人ならこれに気がつくはずである。
しかしながらトランプサポーターたちは「これは天国が来るまでの一時的な苦しみなのだ」と考えるかもしれない。また金利をなかなか引き下げようとしないパウエル議長が悪いと考える人も出てくるだろう。
パウエル議長は関税の影響を見極めるために金利引下げはできないと言っている。つまり関税が金利が引き下がらない理由である。ところがアメリカ合衆国の政治は事実を重要視しない。事実は作り上げるものである。因果関係を逆転させてパウエル議長が金利を引き下げないからインフレになったと主張するかもしれない。トランプ大統領が主張すればアメリカ合衆国ではそれが事実になる。
確かにトランプ大統領の政策はアメリカの一般市民を苦しめるかもしれない。
だが自由に企業が国民を搾取できる環境、富裕層が好きなだけ消費ができる環境はお金持ちにとっては天国だ。アメリカの株価は今や絶好調。日本もヨーロッパも15%の関税を支払ってでもこの天国のような(一般消費者にとっては地獄だが)市場に参加したいと願っている。ただ投資家にとっての天国も日本の地域で真面目に稼ごうとする人たちにとっては地獄である。アメリカ合衆国が突きつけた関税と製造業の流出はおそらく日本の地域経済にかなり深刻なダメージを与えるはずだ。
持続可能性という意味で資本主義はかなり重大な局面を迎えているが我々の社会は資本主義にどっぷりと浸かっており容易に足抜けはできない。
