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80兆円ファンドは巨神兵だった

16〜24分

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日米関税交渉に絡んで80兆円ファンド問題が迷走を続けている。生煮えのまま動き出しそのまま崩れてゆくさまはジブリ作品に出てくる巨神兵のようだと書いたところQuoraでは「ああなるほど」と反応する人が多かった。

巨神兵はこのまま崩れてしまうのか、あるいは日米の国益に沿った形で再編成できるのか。考えてみた。

最初にこの話を聞いたのはPIVOTだった。ミラン論文で、アメリカが新しい為替の枠組みを提示するのではないかという警戒心があったがベッセント財務長官に近い人が「真の狙いはファンドなのではないか」と指摘していた。

実はベッセント氏はファンドマネージャーとしての経験が長い。政治など地政学的な動きも加味して読んでクライアントに巨額の利益を提供する仕事だ。ベッセント財務長官はアメリカのファンドマネージャーになりたいのかもしれない。ファンドマネージャーは政治の動きに関与することはできないが、これからは政治を動かす「インサイダー」だ。

トランプ政権とのパイプに乏しい自民党政権は共和党に近い筋から「どのような提案がアメリカに受け入れられるのか」を知りたがっていた。日本の共和党に近い筋はそこに浸透し「パートナーシップを持ちかければ日米関係の新しい未来が作れる」と提案のではないか。

イェスパー・コール氏もそのための「工作」を行ったと言える。メディアに向けて「アメリカの狙い」を宣伝した。あるいは直接的な働きかけもしたのかもしれない。

重要なのはこれがベッセント財務長官の狙いでありアメリカ合衆国の狙いではなかったという点。石破総理はおそらくここを読み間違えた。次第に規模や取り分などの条件闘争に陥ってゆく。このことから石破総理には戦略的思考はなくおそらく日本の総理大臣としてはふさわしくないということがわかる。

ここに登場したのがラトニック商務長官だ。実はベッセント財務長官と財務長官ポストを争っていたライバル。トランプ大統領はこの二人を競わせることによって裏切りを防止し忠誠心を競わせている。日本の関税交渉担当者がこの二人に撹乱させられ「どうやら意思の疎通ができていないようだ」との声も聞かれた。

担当者を一人にするとその担当者が交渉国と結託してしまうかもしれないのだからこのあたりはトランプ大統領の合理的な措置と言える。

今回の問題で赤澤経済再生担当大臣が無能なのか戦略的無能なのかと言う論点があった。この構造を見抜けなかった時点で単なる無能であったと断定できる。

日本にとってみればこれまで軍事的な同盟だった日米同盟を経済同盟に格上げできるチャンスだった。そのためにはアメリカ株式会社のファンドマネージャーになりたいベッセント財務長官を大いに利用すべきだった。国内に説明するためには利益折半が良いかもしれないが日米同盟維持費と言う理由でアメリカに負けてやることはできる。

しかし赤澤経済再生担当大臣が選んだのはラトニック商務長官だった。ラトニック商務長官は今回のファンドを自分の手柄だと宣伝している。ラトニック氏は日本はアメリカ合衆国から関税枠を80兆円で購入したと得意げに吹聴している。そのファンドはアメリカ合衆国が自由に使い道を指定できるファンドであって日本は言われるがままに資金を差し出し10%の利益だけを得る。Bloombergは「本当かよ」と疑問を呈するが多幸状態に陥ったラトニック氏はBloombergの懸念など耳に入らない。

そして、おそらくラトニック氏はこの話をトランプ大統領に吹き込んだ。

エプスタインファイル問題で揺れるトランプ大統領はアメリカのヒーローであり続けるために超人的な交渉能力を示す必要がある。手書きで4000億ドルを5500億ドルに書き換え、折半するはずだった利益を90%をアメリカのものにするというディールに変えてしまった。赤澤経済再生担当大臣はまんまとラトニック商務長官の策にハマってしまったのである。

ところが合意文書は作られなかった。文書がまだできていないことはラトニック商務長官も認めている。さらに履行の手順について話し合いが行われたかどうかは記憶にないと赤澤経済再生担当大臣は言っている。

文書が作られていないにも関わらずアメリカの一方的な認識は「ファクト」として独り歩きする。このファクトと言う使い方はトランプ政権になって新しく作られたオルタナティブ・ファクト(代替事実)と同義と考えていいだろう。自分たちにとって都合がいい物語を「ファクトだ」と宣言すればそれがファクトになってしまうというわけだ。

まだ骨子も固まっていないにもかかわらずSNS、ホワイトハウスの認識、ラトニック商務長官の自慢話などが独り歩き。これはまさに巨神兵そのもの。

野党は一体どうなっているんだと総理大臣に説明を求めたが、総理大臣は「続投すること」だけを決めており、合意文書を作るつもりもなければ、法的な義務を負うこともしないとしている。結果的に何も決まっていないので何も評価できないということだけがわかった。

アメリカ合衆国のいう「ファクト」という巨神兵は歩き出したが、一歩進むごとに形が崩れてゆく。しかしいったん歩き出したファクトを止めることは誰にもできない。

Bloombergは当初からこのディールを疑問視している。現在ヨーロッパとアメリカが交渉中なのだがおそらくヨーロッパは怖くて合意できないだろう。一方的にトランプ大統領のビジネスマンごっこに利用されかねない。さらに日本が今持っている既存の枠組みだけではアメリカが期待するような出資はできないだろうとしている。

この合意は米国と交渉を進める他の貿易相手国・地域にとってもひな形となるのではないかと目されている。しかし、その目玉となる基金がどのように機能するのかは明確でなく、合意内容の実現可能性に疑問を生じさせる。

日米関税合意の鍵握る投資基金、詳細は不明なまま-トランプ氏は誇示(Bloomberg)

今後、このファンドが崩れてしまうのかあるいは両国の国益に沿った形で再編成されるかはひとえにアメリカのファンドマネージャーになりたいベッセント財務長官がどのように修正できるかにかかっているのかもしれない。

石破総理と赤澤経済再生担当大臣はおそらくアメリカ側の狙いに気がついていないのだろう。これは党首会談で明確な説明ができなかったところを見れば明らかだ。日本側が自主的に修正提案をすることはおそらくないだろう。

では石破総理はどうすべきだったのか。

まず日米ファンドが軍事同盟に過ぎない日米同盟を深化させる新しい安全装置であると内外に示し野党を抱き込むべきだった。

さらにアメリカの成長の利益は日本に還元され日本の将来に対する投資として利用できると宣伝すべきだった。

また、ファンドマネージャーになりたいベッセント財務長官に対して「日本が率先して枠組みを作ればこれを雛形にして横展開ができる」と働きかける必要もあった。

形式上ベッセント財務長官は日本から交渉を引き出す担当者であって日本と協力して枠組みを作ることはできない。これではベッセント氏の私益でありトランプ大統領の警戒心を招きかねない。また人脈づくりを怠ってきた石破総理は野党との幅広いパイプを持たない。人脈を持っている人たちは遠巻きに石破総理を見ているだけ。

今回の協議での自民党の無能ぶりは目に余るが日本ファーストのいい加減さも目についた。仮にラトニック商務長官の発言が正しいとすれば、これまでも将来世代への投資を抑制してきた自民党政権がアメリカの国益のためならやすやすと資金を提供すると言うことになっていたはずだ。種籾を売り渡すのは「アメリカ・ファースト」であり「日本ファースト」ではない。

税は唯一の財源ではないというマントラはある意味では正しい。アメリカで得られる利益を日本の将来の種籾にすればいい。ところが日本ファースト人たちも戦略的思考を持たない。外国人を日本人の下に置き威張り散らすことさえできればよかったのだ。日本の国益を考えているわけではなく、単に自分たちが最下層ではないと思い込みたいだけなのだ。

日本人は今持っている資金を戦略的にどう投資するかということを考えるのが苦手であるとよくわかる。大局的視野が持てず眼の前の人間関係にばかり注目する傾向にある。そしてその動機はせいぜい「他人に対して威張り散らしたい」程度のくだらないものだ。

いずれにせよ、今回のファンド計画はアメリカ合衆国が「話が違うではないか!」と怒り出した時点で頓挫することになる。すると本来アメリカが得られるはずだった資金もすべてなくしてしまうことになり「元も子もない」状態だ。その意味では本当の交渉は今始まったばかりといえるのかもしれない。

そのためには与野党が力を合わせて戦略を練り直す必要があるの。しかし、党首会談を見る限り「失敗しても自民党のせいだ・石破のせいだ」と遠巻きに見ている状況。

公明党の斉藤代表などはおそらく状況が全くわかっていないため、空気を読まずに「最後は石破さんがトランプさんと会談するんですよね」とニコニコしていた。