ウクライナがロシアに対してドローン攻撃を行った。メディアの論評はウクライナの政治的宣伝であるという見方が多い。このニュースを巡るQuoraの議論が面白かったのでかいつまんでご紹介したい。
ロシアの核兵器使用について意見が交わされているが、それぞれの文脈を背負っており興味深い。ウクライナの戦争が欧米で特別な意味を持っていることがわかるが日本からはなかなか実感が難しい。
このニュースはアメリカ在住の人のレポートで始まっている。トランプ政権は「ウクライナはすでに負けた」と認識を持っている。トランプ政権を快く思わない人はトランプ大統領への直接批判は避けつつ(日本語のSNSであっても職業生活に影響が出ると考える人は多いだろう)民主党が支援してきたウクライナの成果を喜んでいる。
しかし、BBCなどの論評は少し冷たいものだった。ウクライナのSBUは大規模な損害が出たと言っているがこれは証明しようがないとしたうえで、和平交渉で世界各国にメッセージを送ろうとしたのだろうと分析している。
BBCは「プロパガンダ」という表現を使っているが、これは政治的宣伝・アピールという程度の意味しかない。
ただこのプロパガンダが誰に対するメッセージなのかはその国の状況を反映している。CNNは「トランプ大統領が動かざるを得ない可能性があるのでは」としている。これはアメリカのリベラルが持っている願望を反映している。
エマニュエル・トッド氏は「アメリカはトランプ政権を選んだことでロシアに対する敗北を認めた」が「ヨーロッパはそうではない」としている。さらに欧米にはまだ敗北を認められない好戦的な人々が一定数残っていると分析している。トッド氏は今回の一連の出来事を東側の崩壊になぞらえており不可逆的な変化だと見ているのだ。
トッド氏の意見を受け入れるか受け入れないかは別にして、在ヨーロッパならではの分析と言えるだろう。アメリカのリベラルもまた「敗北を認められない人」ということになる。
これを踏まえてコメント欄を読んでゆく。
在アメリカの人は「BBCは証明できないと言っているが衛星写真などから成果は明白である」と主張する。つまり実際に軍事的成果が出ており「実のないプロパガンダ」という表現を否定したがっている。
興味深かったのは同じ人の次のコメントだ。
核兵器を搭載できる戦闘機が爆撃されたというのはロシア側の一方的な主張であると言っている。つまり、ウクライナが核兵器使用を誘発するテロリストだと言う風評が広がることを恐れているのではないかと思う。と同時にアメリカ国内ではすでにそのような意見が出始めているのかもしれないと感じた。
トランプ大統領は国内に様々な問題を抱えており今回のドローン攻撃に積極的な言及をすることはないだろう。しかし、トランプ支持者たちは「ウクライナこそが危険な存在である」と証明したがっている。積極的にウクライナ情勢に関わろうとした民主党の政策を快く思っていないためだ。
しかし日本にはそんなコンテクストはない。
テレビ朝日は小泉悠氏の発言を交えながら今回の奇襲についてまとめている。
この中でテレビ朝日は「核兵器が近くにないことを念入りに確認したであろう」とわざわざ付け加えており、ウクライナのエスカレーション戦略を暗に否定している。
小泉悠氏も「プーチン大統領の指摘する核兵器使用のレッドラインなどないのだ」とヨーロッパに示したいのだろうと指摘している。
ただここで気になるのがヨーロッパの一部で見られる好戦的な態度だ。エマニュエル・トッド氏は特にメルツ首相を「好戦的」と見ている。
おそらくプーチン大統領はPOCO(プーチンはいつもチキン・アウトする)なのだろうが、やはり刺激されれば強気に出なければならなくなる。
今回はドローン奇襲で済んだが、ドイツはゲリラ戦に頼らざるを得ないほどに追い込まれたウクライナに「飛び道具」を渡そうとしている。またイギリスもロシアの脅威を念頭に装甲国家化を進めようとしているようだ。
ヨーロッパではロシアの軍事力増強を背景に軍事力強化路線を選択する国が出始めた。
ヨーロッパはロシアの脅威に現実的な対応をしようとしていると考えることもできる。しかし、中国の景気減速に代わり得る新しい需要をヨーロッパに呼び込もうとしていると考えることもできる。エマニュエル・トッド氏によればイギリスには製造業の産業基盤はないがドイツはその気になれば軍需産業を立て直すことができるそうだ。日本の朝鮮特需を引き合いに出すまでもなく「近くの戦争」は経済的チャンスでもある。
プーチン大統領がPOCOであると言う認識には異論はないのだが、ヨーロッパが単に現実的に対応しようとしているのか、あるいはそれ以上の野心を持っているのかは今は見通せない。これによってプーチン大統領のその後の動きも変わってくるのではないかと感じた。