8,900人と考え議論する、変化する国際情勢とあいも変わらずの日本の行方


トランプ大統領の薬価の大幅引き下げは地球を揺るがすほどの誇大宣伝


イイネと思ったら、Xでこの投稿をシェアしてください

トランプ大統領の「地球を揺るがすような大きな発表」が薬価の大幅引き下げである事がわかった。

確かに地球を揺るがすような発表だった。大統領が国家運営の仕組みを全く理解していない事がよくわかったからだ。地球を揺るがしたのは大統領への驚嘆ではなく嘲笑というべきだろう。こんな人が大統領になってしまったのかという驚きがある。

ただし、大統領の「庶民感覚」には理解できる側面もあるが、これは長年共和党政権が推し進めてきた「トリクルダウン」政策の結果であり大統領令だけで解決するのは不可能なのである。

このニュースを理解するのは意外とやっかいだ。まず市場原理に任せると生活必需品の価格は高騰する傾向にある。日本で言えばちょっとした逼迫感からコメの価格が2倍になったのがその例である。コメがない食卓など考えられないという家庭も多いが「ある薬がなければ死んでしまう」という人も多く必需品度は薬のほうが高い。

このため日本では厚生労働省が国民皆保険制度を導入し薬価も公定価格で管理している。つまり日本の医療は「社会主義」なのだ。

戦前に「国家社会主義」という概念があった。ドイツ語ではNationalsozialismus=ナチと呼ばれ今ではこのラベルは政治的タブーになっている。日本は戦時中の総動員体制として導入されその後に終身雇用と一緒に社会に定着した。国家社会主義と言う呼び名を嫌い「1940年体制」と呼ぶ人もいる。

戦後復興期のアメリカ合衆国は1950年代に中流階級の強い時代があった。日本やヨーロッパの生産施設が破壊され代替拠点として機能していたからだ。ところが1970年代にこれが行き詰り1980年ごろにレーガン政権が「トリクルダウン(富裕層を優遇し庶民がその恩恵を受ける)」という政策転換を行っている。

実際にトリクルダウンは起こらず中間層は没落した。中間層からこぼれ落ち連邦の医療支援(メディケイド)に頼っている人が7,000万人もいるそうだ。

Central to the savings are changes to Medicaid, which provides almost free health care to more than 70 million Americans, and the Affordable Care Act, which has expanded in the 15 years since it was first approved to cover millions more.

House Republicans unveil Medicaid cuts(ABC)

またこの他に高齢者を中心に格安の医療プラン(メディケア)を受けている人が7,000万人いる。

Medicare provides health insurance for roughly 70 million older Americans. Complaints about U.S. drug prices being notoriously high, even when compared with other large and wealthy countries, have long drawn the ire of both major political parties, but a lasting fix has never cleared Congress.

Pharmaceutical industry criticizes the drug pricing plan Trump will sign(ABC)

アメリカ合衆国の人口は3.4億人だそうだがそのうちの1.4億人が何らかの支援を受けていることになる。しかしそれでも残りの2億人にこうした医療保険を適用したいと考える人はいない。それは「あまりにも社会主義的」だからである。

下院共和党は現在予算を策定中だ。Axiosの取材によると富裕層増税は行わずSALT(州税・地方税)の減免世帯の拡大もしない方向で動いているという。一方で無料の医療保険であるメディケイドは大幅削減される。

トランプ大統領は今回の発表で「一般世帯の医療費が大幅に下る」としている。しかし大統領令の内容はメディケアの一部の薬にしか適用されないのではないかとされているそうだ。ただ、連邦支出の削減につながる可能性は高い。

つまり「一般国民に地球を揺るがすほどの恩恵がある」という主張は誇大広告である可能性が高い。

さらにそもそも外国の薬の値段を国家が一方的に決めることはできないとされている。薬価は市場原理によって決まりそれを国家が統制することはできないからだ。

最初に日本の1940年体制について説明したのはそのためである。日本で薬価統制ができているのは「国が医療保険をすべて支配している」からだ。つまり原則的に薬の値段は管理できないが、健康保険を通じて管理することは可能ということになる。

トランプ大統領は一期目から「なぜアメリカの薬の値段はこんなに高いのだろう」と疑問を持ってきたとされている。着眼点そのものは悪くない。しかしそれは、共和党政権がレーガン政権以降「金持ちが社会を引っ張り社会全体に恩恵を与える」というトリクルダウン政策を維持してきたからである。お金を持っている人は命が助かるならいくらでも良い治療を受けたいと考えるのだからそれにつられて庶民の薬価も上がっていってしまう。

しかしながらアメリカ合衆国はこの「トリクルダウン信仰」から抜けられない。また社会主義や専制主義に対する憎悪のようなものがあり「メディケアやメディケイドを国民全体に広げる」という考え方に抵抗している。

今回の大統領令はこうした背景事情をすべて無視して「大統領の命令ですべてを解決しようとした」事になる。何らかの費用削減は実現するかもしれないがおそらく大統領が喧伝するような内容にはならないだろう。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで