トランプ大統領が「外国映画への関税」を提案し戸惑いの声が上がっている。そもそもの背景と今後の影響を調べてみた。トランプ大統領の意思決定の方法がよくわかる。
トランプ大統領はハリウッドでは珍しい「保守系」の俳優たちを特別親善大使に任命していた。ハリウッドにはリベラル系の映画関係者が多いため彼らは特別な存在だ。
就任前には、俳優のジョン・ヴォイト氏、メル・ギブソン氏、シルヴェスター・スタローン氏の3人を特別親善大使に任命。ハリウッドにおけるビジネス機会の促進を担わせた。また、ハリウッドは「偉大だが非常に問題を抱えた場所」だと語った。
アメリカ製作でない映画に100%の関税とトランプ大統領、他国の優遇措置を批判(BBC)
このうちの1人のジョン・ヴォイトさんがトランプ邸を訪れて「アメリカの映画産業は危機にある」と訴えたようだ。税制優遇は映画・テレビになっている。現在のアメリカはこの2つを区別しなくなっているようだ。
事情に詳しい関係者によるとトランプ氏は投稿に先立ち、私邸「マールアラーゴ」で俳優ジョン・ボイト氏らと会談していた。ボイト氏らは、米国内での映画・テレビ制作に対する連邦税優遇措置の拡充に関する計画をトランプ氏に提案したという。非公開情報であることを理由に関係者は匿名で述べた。
ネットフリックスやディズニーの株価下落、外国映画への関税計画で(Bloomberg)
ヴォイトさんは現在86歳で「真夜中のカーボーイ」が出世作。ちなみにアンジェリーナ・ジョリーさんの父親だという。
ここで提案されたのは税制優遇などの支援策だった。ところがトランプ大統領が発表したのは懲罰的な関税だった。
いくつかの背景情報が必要だろう。
第一に現在の「ハリウッド」はネットフリックス・アマゾンプライム・ディズニーなどの配信がメインになっている。配信は海外制作のコンテンツを盛んに作っており、映画時代のアメリカの俳優が「税制優遇がなければ新規参入の配信サービスと外国コンテンツに勝てない」という焦りを持っていたとしてもさほど不思議ではない。
第二にトランプ大統領は「支援」よりも「懲罰」を好む傾向にある。現在のアメリカ合衆国は議会との減税交渉が難航している。そもそも減税は議会の権限であって大統領権限ではない。
しかしトランプ大統領は具体的な映画産業の仕組みも関税にも興味がない。そこで作業は全てUSTRに丸投げしている。このため映画・コンテンツ産業にはさまざまな憶測が広がり大騒ぎになっており配信の株価も下がっている。
そもそも、自動車やアルミ・鉄鋼の関税はどのような法的根拠に基づいているのかを整理していなかったので調べてみた。Wikipediaは次のようにまとめている。
- 関税も税金の一種であり、当然議会が権限を持っている。
- 議会は国家安全保障上の理由で大統領が一方的に関税をかけることを認めている。
- 自動車関税・鉄鋼/アルミニウム関税は通商拡大法(TEA)第232条に基づいていて「安全保障を脅かす」とされた。
- トランプ大統領は1974年通商法第301条に基づいた調査をUSTRに求めた。この法律は「当該国がアメリカの製品を差別している」と証明する必要がある。
- そこで大統領はトランプ大統領は国家非常事態法(NEA)と国際緊急経済権限法(IEEPA)を使って「アメリカ合衆国は国家非常事態にある」と宣言した上でTEAの面倒な手続きを排除した。
- NEAは議会の差し止めを認めているが共和党がブロックした。
つまり、トランプ大統領は「アメリカ合衆国は世界から攻撃されている」からという理由で高額な関税の課していることになる。これを擁護する法的見解も多いが、批判的な声も大きい。
トランプ大統領は政権を批判する法律事務所を標的にした大統領令を乱発していた。しかし、連邦地裁から恒久的差し止めを受けている。さらに直近のインタビューでは「憲法を守るべきかわからない」とも発言している。自分は選挙で選ばれており有権者がやってほしいことを実現しているだけだとしたうえで「法律や憲法の問題は弁護士が処理をする」と主張している。
外国映画に関する「関税」はおそらくすでに制作現場の国際化が進んでいるアメリカのコンテンツ産業に大きな影響を与えることになるだろう。また各国が報復関税を発動すればアメリカのコンテンツ産業は人口の多い市場を失うことになるだろうとAxiosは主張している。
さらにQuoraでは「リベラルの多いカリフォルニアと映画産業を潰そうとしているのではないか」という指摘も出ていた。トランプ大統領に批判的な人々の視点ではあるが、そもそもの根拠が明らかになっていないため(コメントで引用されているReutersの記事は「トランプ氏の唐突な発表に戸惑いが広がっていて、そもそもハリウッド離れも進行していた」と指摘している)このような指摘が出たとしても不思議ではない。
しかしながら、そもそも現在の配信中心のコンテンツ産業の在り方についてくることができなくなった高齢の俳優とそもそも映画産業に関心がない高齢の大統領は「昔はよかったなあ」とのみ考えており、現在の産業にもたらされるダメージにはさほど関心を示さないのではないかと思う。変化に耐えられず昔を懐かしみ他者への共感を無くした状態はまさに「老害」の定義にピッタリと当てはまる。
さらに、彼らの真の狙いがネット配信潰しにあるとすれば、映画だけでなくテレビシリーズも規制の対象となることが予想される。最近の配信は2時間程度のものはオリジナル作品も含めて「映画」と扱い、1時間X10本のようなシリーズをテレビ番組として扱っているが、本質的な違いはない。
最後に「関税の法的根拠」を見ると「この関税には落とし所がない」ということがわかる。確かにアメリカのコンテンツ産業は外国のコンテンツに侵食されているのかもしれない。しかし、それは市場原理の結果であってトランプ大統領になって突然世界中がアメリカを攻撃してきたわけではない。
つまり裏返せば「交渉の結果、今までの前提が覆ることはない」ということになる。つまり唐突に始まった非常事態は解除できないことになり、いつまでも関税政策はなくならないということになってしまうのである。