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選択的夫婦別氏・夫婦別姓問題もまともに扱えない日本の国会

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立憲民主党が選択的夫婦別姓問題で独自法案を出す。ところが維新も国民民主党も賛同しないためにおそらく成立することはないだろう。日本人がなぜまともに議論ができないのかを示す好材料だ。女性たちは政治には期待せず日本という制度から静かに逃げ出している。それはまるでアメリカの逃亡奴隷が南部を離れ北部に移動するような感じだ。

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そもそも、日本のファミリーネームは姓(かばね)・氏(うじ)・みょうじから成り立っている。元々は天皇中心の制度だが江戸時代に庶民に広がり明治時代に「戸籍」として固定化された。

さらに女性の扱いも変化してきた。貴族社会は婿取り社会で女性が財産権を持っていた。ところが江戸時代に入ると武士の力が強くなり女性の財産権は徐々に制限されるようになってゆく。

江戸時代には住民監視の観点から寺を中心とした寺請制度が作られこれが明治時代に武家の伝統を取り入れた「戸籍制度」に発展する。一つの家が一つのファミリーネームを持つという伝統は実は明治時代に作られた比較的新しい伝統だ。

現在の日本には氏・姓・みょうじを一体的に把握している人とみょうじしか持たない人がいるはずである。

GHQはこの制度を日本に戦争をもたらした封建的な制度であると考えて積極的に解体した。現行憲法にはその痕跡が至る所に散りばめられている。ところが戦中に作られた戦時体制が終身雇用として取り入れられ夫が稼ぎ妻が支えるという制度の固定化につながってゆく。終身雇用は実は戦後に定着した新しい伝統だった。

このため日本は住民票に基づく男女同権(であるはずの)世帯と明治憲法の延長である戸籍という2つの制度が併存している。

バブル崩壊をきっかけに終身雇用制度は徐々に崩壊した。女性も稼ぐための主体と捉えられるようになり「働き手としての人格を持つ」ことが求められるようになってきている。経団連が「選択肢のある社会の実現」を求めるのはこのためだ。

仮に戸籍制度を維持したまま現在の労働環境に合わせるとすれば、日本人はいくつものアイデンティティを持たなければならなくなる。少なくとも「機能的」には次のように整理できる。

  • リプロダクション(生殖)のための家(現在の医学水準では「子供を作れる健康な男女」から成り立つ必要がある)
  • 同性婚を含んだ財産共同体としての家(リプロダクションを目的としない結びつきを求める人たちのための特別な生活法人格)
  • 社会的な名前(個人としてのキャリアを国内外で継続するための名前)

ところが、現在の制度は「常識」と「戸籍・世帯という現有制度」を基に議論が進んでいる。このため同性婚と選択的夫婦別氏・夫婦別姓制度が別々に議論されている。

さらに「これまではファミリーネームが一緒」なのが当たり前だったため「そうでないひとたちがかわいそうだ」という感情的な議論が乗っかる。立憲民主党の制度は「かわいそう」対策が含まれている。

改正案は1996年に法制審議会(法相の諮問機関)が答申した案を踏まえた。立民を含む野党5党が2022年に共同提出した法案では、子どもの姓を「出生時に決める」としていたため「きょうだいで姓が異なるケースが出る」との懸念があった。立民は法制審案を踏襲することで、各党の理解を得たい意向だ。

立民の別姓法案、各党賛同が焦点 維新と国民は独自提出を表明(共同通信)

ところが国民民主党は立憲民主党にうっすらとした反感を持っている。主導権を握られたくないと考えているのだろう。では一体何が違うのか?と思い調べてみると「案はこれから出す」そうで「党内でもまとまっていない」のだという。

ただ、立憲民主党の案は「家族の一体感を壊す」から「是非国民民主党に投票してくれ」と言いたいのだろう。

国民民主内では、円より子衆院議員らが選択的夫婦別姓制度の早期導入に積極的な考えを示す一方、榛葉賀津也幹事長は4月25日の記者会見で「大事なのは家族としての一体性をどう保つかということと、子供の姓の問題だ。国民の家族観に直結するので広範な国民の総意をつくり上げていくことが大事だ」などと慎重姿勢を示してきた。

国民民主、選択的夫婦別姓制度導入へ独自案の提出を表明 立民案には同調せず(産経新聞)

自民党がなぜ選択的夫婦別氏・夫婦別姓問題に反対するのかはわからない。しかしGHQの改革によって男性戸主の地位は大きく毀損され、終身雇用の崩壊で稼ぎ手としての地位も凋落している。世帯主としての地位は最後の拠り所になっているものと考えられる。これも広くいえば「感情問題」である。

維新も「旧姓使用を拡大する」という方針だそうだが、自民党と一体と見られるのを避けるために単独で法案を提出するものとみられる。

日本人の議論にはいくつかの特徴がある。

  • 課題よりも集団としてのメンツを気にする
  • 問題解決に集中せず感情を優先させる
  • 機能ではなく制度や形に執着する

そのため「一体何を解決したいのか」を考えずにいきなり各論に突入することがある。

さらに集団としてのアイデンティティを強調したいあまり「自分達はあいつらとは違うんだ」と主張し、まとめる方向ではなくまとない方向に議論をナッジし状況を混乱させる傾向にある。

ではこの結果何が起きているのか。読売新聞大手小町に「嫁の「お墓には入りません」に怒る姑…墓を継ぐのは時代遅れ?」という記事を見つけた。長男の嫁が当然家の墓を守ってくれると考えた60代の姑とそもそも家の墓に入るつもりがない嫁の対立である。嫁世代は「共感はできるがこんなことを表立っていえば大騒ぎになる」と考える人が多いそうだ。

またNHKは「地方を去る女性たち・・・なぜ?本音を聞いてみた」という特集を出している。

日本の少子高齢化は都市への一極集中を伴っているが、その背景にはまるで解放奴隷が南部から逃げ出すような封建社会からの逃亡を伴っている。当事者である女性はそもそも政治の問題解決能力にも男性の稼ぎにも期待していない。結果的に「日本という制度」からの静かな離反が始まっているのであろう。

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