ウォール・ストリートの代表で穏健な良識派として知られるベッセント財務長官がトランプ関税の正当化に苦心している。シェフ・パティシエの失敗したケーキをなんとかお店に出そうとしているが、生クリームを大量に盛っても失敗したケーキを売り物にすることはできない。
本質的にトランプ大統領を止めることはできないため、まず火傷をさせてみて泣きついてきたところで解決策を提示するという手法が採用されているようだ。「痛い思いをしなければ学ばない」ということがよくわかっているのだろう。スーシェフ・パティシエの苦労は続く。
トランプ大統領の経済政策はトランプ支持派の間にも動揺を広げている。FOXニュースまでもがトランプ大統領に不利な世論調査を出し、トランプ大統領が社主を批判する騒ぎに発展している。
ベッセント財務長官は関税交渉と議会交渉の2つを担っているがどちらもうまく行っていない。
関税交渉では各国とも時間の引き伸ばしに入っておりそもそも中国とは交渉すら始まっていないようだ。ベッセント財務長官はトランプ大統領の一貫しない経済政策を「不確実性を狙った高等戦術である」と擁護して見せた。さらに「トランプ関税・減税・規制緩和は三位一体である」とパッケージ性を強調している。また中国に関しては「さらに状況をエスカレートさせる用意がある」と恫喝している。
関税によりアメリカ合衆国市民の負担は増える。このためベッセント財務長官は負担軽減のための議会交渉を行わなければならない。ところがこの議会交渉が進んでいない。
政権側は独立記念日までに減税政策が実施されることを望んでいる。このアジェンダに合わせると下院議長は5月までに減税パッケージをまとめなければならない。ところが共和党指導者はこの計画に懐疑的で「採決は8月になるだろう」としている。アメリカ合衆国の予算は9月末が期末になるためギリギリのスケジュール感だ。
法案はトランプ政権1期目に成立し今年末で期限が切れる減税の延長と新たな減税措置を盛り込み、一部は歳出削減で財源を確保する。上院では、減税法案の審議に数カ月かかる見通しで、共和党指導部は8月までの採決を見込む。
ベッセント財務長官、7月4日の議会通過目指す-トランプ政権減税案(Bloomberg)
すでに関税の影響は出始めている。テキサス州の製造業87社がダラス連銀のアンケートに応じたが、テキサスの製造業には「カオスと狂気」が広がっているとBloombergが伝えている。
またAmazonは関税の影響を明示する計画を打ち出した。計画時点の報道にトランプ政権が「敵対的だ」と激怒したためAmazon側はそんな計画などなかったと報道を否定せざるを得なかった。政策理解力が低いアメリカ市民は実際の数字を見て初めてことの重大さに気がつくだろう。
結果的に不確実性は交渉に有利になるどこかアメリカ合衆国市民の間に不安を広めるだけの結果に終わっている。また株価の下落もニクソン政権以来だったそうだ。
ウォール・ストリートは「富裕層一人勝ち」によって中間層が疲弊し結果的に敵意がウォール・ストリートに向かうのではないかと懸念している。ベッセント財務長官はウォール・ストリート代表として中間層を宥めつつアメリカ合衆国の金融センターとしての地位をなんとか保全する役割を期待されている。
しかしながら本質的に強いドル政策は「製造業アメリカ」にとってはメリットにならない。さらにトランプ大統領はおそらく経済政策の基礎知識を全く理解していない。連日連夜トゥルース・ソーシャルで意味不明な投稿を突発的に行い周りを不安にさせる。
Axiosは「Behind the Curtain: The art of persuading Trump」という記事でドタバタの舞台裏を面白おかしく描写している。
トランプ大統領は直近の言葉に反応してしまうのでまずナバロ氏のような人がいないすきにトランプ大統領に接近する。さらに都合の悪い情報を見せて「このままでは大変なことになる」と脅す。ただそれだけでは不十分なため惜しみない賛辞を送りトランプ大統領の誉めそやしている。
しかしながら事態はさらに悪化し続けている。
最近では様々な人脈を通じて各方面から一貫したメッセージを送りトランプ大統領をナッジ(それとなく誘導)しようとしている。このために有効なのがトランプ大統領お気に入りのFOXニュースなどのメディアだ。現在FOXニュースはトランプ大統領を誘導したい人たちにとって重要なツールになりつつあるという。
それでもトランプ大統領を止めることはできない。そこで「一度トランプ大統領に好きなようにやらせておいて」困ってから泣きついてくるのを待っている。
まずトランプ大統領が相談するのがスージー・ワイルズ女史とヴァンス副大統領だ。そこで解決策が見つからず、トランプ大統領が「どうしようか?」と助けを求めてきた時に初めて「解決策」を提示するのだが、この時にプランをすっと出せるようにしておかなければならない。
時事通信によるベッセント財務長官の主張は「不確実性はトランプ大統領の戦略」というものなのだが、実際にはトランプ大統領そのものが不確実なだけでありアメリカのメディアはすでにそのことに気がついている。
ベッセント財務長官は本来ならば日本や中国を含む対外交渉と議会交渉に専念したいのだろうが、実際にはトランプ大統領が作り出した混乱を収拾するためにリソースを費やしている。