トランプ大統領が日本との関税交渉に直接参加することになったとして日本は大慌てになっているという記事が複数出ている。非常に興味深い報道だなと感じる。前段の行き詰まりが全く報道されていないからだ。
まず官邸側の対応からまとめる。
トランプ大統領がトゥルースソーシャルで「日本との関税交渉に直接参加する」と発言した。石破総理はかなり慌てたようで林官房長官を官邸に呼び込んだ。共同通信のタイムスタンプは22時になっている。さらに外務省も参加し、林官房長官が「万全の準備で臨んでほしい」とコメントした記事は日付が変わっている。
Yahoo!ニュースの識者のコメントを見ると「日本側は誠意を見せるべきだ」とする意見が多いようだ。
日本の記事を見ると突然トランプ大統領が降って沸いたような印象を持つのではないか。狙いはわからず「何を突きつけられるのかがわからない」と戦々恐々としてしまう。
トランプ大統領の関税政策には2つの異なった動機がある。1つは所得税を減らすか無くすかしてアメリカをかつての製造業を中心とした通商国家に戻すという動機。もう一つは関税を取引の武器として利用するという動機だ。
トランプ大統領は通称国家戦略に従って関税の導入を宣言する。だがその後国債が急落するとベッセント財務長官の説得を受け入れた。ところがこのときにベッセント財務長官は「対中国に専念しましょう」と説得したようである。
ところが中国はアメリカとの関税戦争に興味を示していない。むしろ脱アメリカで周辺国をまとめる戦略に出ており、ベトナム・マレーシア・カンボジアを訪問している。
手詰まりになったトランプ大統領はこのような声明をレビット報道官に読ませている。要約すると「アメリカは中国との交渉など望んでいない」が「中国がアメリカの市場に参入したがっていて交渉を望んでいる」と言っている。
“The ball is in China’s court. China needs to make a deal with us. We don’t have to make a deal with them. There’s no difference between China and any other country, except they are much larger, and China wants what we have — what every country wants — what we have, the American consumer,” Leavitt said, reading from Trump’s prepared statement. “Or, put another way, they need our money.”
Trump wants to make a deal with China. Here’s how he’s trying to make that happen.(Politico)
このポリティコの記事は「閣僚・側近・高官」はトランプ大統領が何を狙っているのかがわからなくなっているという趣旨でまとめられている。ポリティコだけでなくBloombergにも同じ内容の記事がある。自分達はトランプ大統領が何を考えているかわからないし権限もないので注文があればトランプ氏に働きかけてくれと言っているのだ。
今月2日の関税措置発表を前にラトニック氏やグリアUSTR代表と協議を行った外交関係者らによると、彼ら閣僚自身でさえ「最終的な合意にはトランプ大統領の承認が必要であり、その反応は保証できない」と私的に強調していたという。
トランプ関税の迷走、交渉相手国さらに混乱-朝令暮改で企業は疲弊(Bloomberg)
単一行政理論によれば国民から選ばれたトランプ大統領は議会や裁判所を超越する「皇帝か王様」のような存在ということになる。さらにトランプ大統領は習近平国家主席やプーチン大統領のような独裁権力を持った国家指導者に強い憧れを持っているようである。
確かにその意味ではトランプ大統領の皇帝化が進んでいるのだが、実は周辺の人たちは皇帝陛下が何を考えているのかわからなくなっており「孤立化」が進んでいる。
日本では「赤沢経済生成担当大臣はまずトランプ大統領側近の言うことを聞いて何を考えているのかを探るべきだ」とか「まず今回は人間関係の構築を最優先すべきだ」と言っている。これは高度経済成長時代の対日貿易交渉を念頭に置いた発言である。しかし現在のアメリカ合衆国はそもそも行政が機能していない混乱状態にありかつてのアメリカ合衆国とは異なる。
そして今回の日本の報道や識者たちのコメントを見る限り、意外とこの辺りのことが理解されていないようだ。
今回の交渉はそもそも破綻に向けて突き進んでいる。仮に何らかの合意ができたとしてもおそらくは対中国交渉の行き詰まりを背景にした要求のエスカレートにつながるだろう。これは当初トランプ政権の要求に従ってきたハーバード大学が結果的にトランプ政権と対決することになった経緯を考え合わせるともはや既定路線と言って良い。
ただ多くの日本人は「まさかアメリカ合衆国がここまで壊れている」とは考えていないのだろう。現実を受け入れたうえで今後どうするかを考えたほうがいい。
対中国交渉の行き詰まりに圧力をかけるため、トランプ大統領はまず日本に中国との貿易を打ち切るようにと迫るはずだ。
仮に石破政権がこれに応じれば「対岸の火事」と思われていた対中国関税インフレが日本を襲うことになるだろう。代わりに日本は割高なアメリカ製品の購入を迫られる。これは消費税減税欲求の強い圧力になるものと予想される。日本国民にとっては極めて面白くない展開ではあるが、石破総理個人にとっては有利な政治状況なのかもしれない。