ニューヨーク株式市場は下落から始まったそうだが、午後になって突然急騰した。トランプ大統領が追加関税政策の90日延期を決定したからである。市場のプレッシャーに負けた事実上の敗北宣言と言えるだろう。
早起きは三文の得というが、日本の株式市場が開くまで若干の余裕があるため作戦を立てる時間が得られたかもしれない。
ダウ・ナスダックともに急上昇していたが終盤に近づくにつれて冷静になったひとたちが塩漬けになっていた株を売る動きもあったようだ。例えばアップルはまず株価が急騰したがその後勢いを落としている。中国に対する関税は撤廃されずベースの10%関税も維持されるようだ。さらに「景気後退を先延ばししただけ」という論評も出ている。目の前のニュースには乗っておいて、後で冷静に考えるというのがいかにもアメリカ流である。
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トランプ大統領の戦略には2つの狂いが生じていた。1つは株式市場の反乱だ。「株を売るな!」と連日SNS経由で絶叫していた。もう1つは為替政策と米国債である。
状況を整理する。アメリカ合衆国は中国を巻き込んだグローバル化を失敗だとみなしており急速な巻き戻しを行おうとしている。中国は後発国として低付加価値のものを作りアメリカ合衆国が高付加価値のものを作るというのが最初の「グローバル」構想だった。だがこの政策はアメリカの中間所得層には恩恵がない。これを急速に巻き戻したいというのがトランプ大統領の一連の行動の底流にある動機だった。識者の中には「これは一生に一度あるかないかの秩序の大変化の始まりだ」と指摘する人もいる。
しかしながらトランプ大統領は周りをイエスマンで固めてしまったためにアメリカの産業構造の変化を誤認した。アメリカはITなど優位なサービス産業の国になっているが、トランプ大統領はサービス産業には無関心だ。また自動車産業もカナダやメキシコを同一経済圏と認識しあたかも州境をまたぐようにして国境をまたいだ取引が行われていた。
トランプ大統領は貿易通商顧問のナバロ氏などごく少数で関税政策を決めてしまい、ベッセント財務長官やイーロン・マスク氏などの意見を聞かなかった。トランプ大統領と取り巻きたちの経済認識は1980年頃で止まっている。
少人数で近視眼的に決めてしまったためその後の経済は大混乱に陥る。
トランプ大統領は今は戦時下だという理由で関税を強行したが混乱が広がると一転して「今は戦争ではない」と言い出した。日本などが進んで使節団を送り講和に向けた交渉が行われているというのが理由だ。また株価は「買い」のチャンスであるとして冷静さを保つように訴えていた。訴えるというよりはSNSを使った絶叫と言って良い。
これに輪をかけたのがバンス副大統領の暴走だ。ベッセント財務長官は為替などの通商環境を問題視している。しかしプラザ合意のような取り組みには中国やヨーロッパなどの協力が必要である。しかしバンス副大統領が中国の農民を蔑視する発言を行い中国の逆鱗に触れてしまう。
トランプ大統領は振り上げた拳を下ろすことができなくなり広報官を通じて「殴られたら殴り返す」と表明した。英語では文字通り「パンチ」という表現が使われた。結果的に中国は84%の関税を発動している。
この米中貿易戦争で被害を受けるのは農家とアジア諸国である。タイ・インドネシア・韓国といった中堅国から先進国にかけて通貨の動揺が広がっている。また、トランプ政権は農家に対する何らかの支援策を検討しているとされている。肥料が手に入らなくなり市場も失ってしまう。
通貨政策についての交渉が行き詰まって焦っているベッセント商務長官はEUと中国をそれぞれ恫喝している。困るとさらに強い言葉で妥協を迫るのがアメリカ流と言えるだろう。
ベッセント長官は欧州連合(EU)が米国から離れ、中国に軸足を移そうとしていると警告し、スペインが明らかにその路線を支持していると指摘。「それは自らの首を絞めるようなものだ」と述べた。
米国は同盟国と貿易協定結び、集団で中国に臨む-ベッセント財務長官(Bloomberg)
また、米国の関税引き上げに対する報復措置として、中国が人民元の為替レート切り下げを試みないようにと警告した。
ベッセント氏、債券は「正常なデレバレッジ」-人民元切り下げるな(Bloomberg)
通貨以外にベッセント財務長官が慌てた理由はおそらく米国債の謎の下落だった。Bloombergは「不確実性が高まり国債さえも逃避されているのではないか」と見ている。しかしながらSNSでは「中国が国債を売っているのではないか」とする根拠不明の情報が飛び交っていた。債務上限延長問題で行き詰るトランプ政権にとっては致命傷になる動きである。
フェイクニュースによる認知飽和戦略によって政権を得たトランプ政権だが逆に亡霊のような噂に苛まれることになった。中国が急に国債を売ったという兆候は見られないそうだ。
結果的にトランプ政権は緊急停止ボタンを押さざるを得なくなり発動したばかりの関税政策は中国を除いて90日間停止された。関税を対中国包囲網に切り替え、ヨーロッパや日本の「協力」を仰ぎたいところだろうが、無理やり脅して交渉のテーブルにつこうとしたやり方では各国の協力は得られないだろう。
今回アメリカのレピュテーションは大きく傷ついた。関税政策が停止されてもアメリカがおった傷は言えないだろうと見る人は多い。トランプ大統領に今必要な一言は「I’m sorry」だろう。