トランプ大統領が日米同盟の片務性を指摘しニュースになっている。今回のトランプ発言はNATO文脈で語られているので明日には忘れてしまう可能性がある。
このニュースのリアクションとして「おもしろいな」と感じたことがある。Quoraを見ていると日米同盟は片務条約であるとする人が意外と多いのだ。居酒屋で政治に詳しくない人に「へえ」と喜んでもらえる効果はあるがニュースが読めなくなるので誤解は解いておいたほうが良いと思う。
ニュースを読むうえでは文脈を理解することが大切だ。
今回の発言はNATOに対する不満を表明するついでに付け足されたものだ。日本ではこの箇所だけが切り取られてニュースになったが明日には忘れてしまう可能性もある。関税問題で日米同盟の片務性について持ち出される可能性はあるだろうがこちらはこちらで方針が二転三転しておりまともな交渉ができる状態ではない。
トランプ大統領の発言は「枠組み」ごとにコロコロと変わってしまう。関税では中国・韓国・台湾・日本がセットになっており、同盟としてはNATOといっしょに語られる。しかし投資については台湾と日本は投資に積極的な「良い国」ということになっている。
おそらく日本人はアメリカの態度が変わっても何もしないだろう。
少子高齢化でも地方の過疎化でも何も対策は打ってこなかった。ただただ慌てふためき議論に疲れて「バタバタ騒いでも仕方ないよね」と諦めてしまうのが日本人である。
今回の件で興味深いなと思ったことがある。Quoraの回答を見ると日本人も日米同盟は片務条約であると考える人が多いようだ。周りの人に「この人は軍事に詳しいんだな」と思ってもらえる効果はありそうだ。
この背景にあるのが集団的自衛権議論だ。
筋を重視する人たちは解釈改憲だと反論していたが「結局は日米同盟の維持=現状維持」が最も安上がりなので細かい議論は別にどうでもいいじゃないですかと国民を説得した経緯がある。このときの記憶が残っており「日本人は日米同盟を利用してうまくやっている」という認識を持っている人が多いのだろう。
だがこの知識は間違っておりニュースが読めなくなる。より深い知識を知りたい人はこの際に認識を改めておくべきだろう。
日米安保は60年改正時に双務条約に改められた。ただし条約が及ぶ範囲は日本の行政権の及ぶ範囲のみである。内閣が「我が国の存立に重大な危機がある」と認めた場合だけ限定的にその範囲を逸脱することがあるとされている。
しかし、産経新聞はわざわざ「片務的」という指摘をリンクしている。岸信介総理大臣は条約改正後憲法も改正しようと考えていた。しかし戦争の記憶を持つ当時の若者達がこれに猛反発し死者まで出る騒ぎとなった。結果的に憲法は手つかずのまま残り日米安保条約と憲法にズレが生じている。
つまり、憲法改正の文脈で「事実上の片務性」が問題視されることがある。
別のエントリーで触れた通りアメリカ合衆国は同盟国の防衛に対する意欲を完全に失っている。このためおそらく日本が攻撃されても助けには来ないだろう。これはトランプ大統領の日米安保発言以前からほぼ自明だ。
日米安保の継続表明は今や「儀式的」な意味合いしかない。実際に行動を起こすことを期待される大統領がその意義を信じていない。おそらく周囲は「日本は投資国だから」という理由でトランプ大統領を説得しているはずだ。
ただしアメリカ合衆国は日本に基地権益を持っている。アメリカは日本が攻撃されても助けに来ないだろうが基地権益を攻撃された場合には報復することが予想される。
これはウクライナが鉱物資源をアメリカに引き渡せば「事実上の保護が得られる」というのと同じ意味を持ち日米同盟の実効性が担保されるということになる。
しかしアメリカ合衆国の狙いはあくまでも基地権益の確保なのだからその過程で米軍空白地帯が外国に占領されようが報復の過程で日本の国が焦土になろうがお構いなしということになる。これもウクライナの事例を見れば明らかだ。
とはいえ今の時点で日本が双務条約への格上げを狙ってもアメリカがそれに応じることはないだろう。
NATOはすでに「次の段階」に入っている。ソ連が崩壊したことでワルシャワ条約機構と対峙するというNATOの役割は一旦終りを迎えた。その後ユーゴスラビア紛争で再度機能。ここまでアメリカとヨーロッパはヨーロッパ域内で相互対処していた。この延長がウクライナだったがNATOの役割は限定的なものになった。直接手出しはせず「支援」を通じて関与するということになった。
さらにトランプ大統領に変わったことでヨーロッパとアメリカの関係は大きく変わりつつある。アメリカが双務条約から撤退しつつあるのに日本とだけ双務条約を結ぶことは考えにくい。
なお今回の件で「正しい知識を持ちましょう」と偉そうに書いたのだが、途中まで双務を「相務」と表記していた。なにか書きそうになったら「あれ、これって本当なんだっけ?」と確認しながら進めることは重要だと改めて認識させられた。