トランプ大統領のさまざまな行動が波紋を広げている。世界の秩序が乱されていると見ることもできるが「あるべき方向」に向けて世界の再編成が始まったとみることもできる。ただこのあるべき方向は必ずしも「正しいあるべき方向」を意味しない。むしろこれまで漠然と共有されてきた不確実性が公然と語られるようになったという側面がある。そしてそれは新しい戦前の幕開けを意味する。
2014年のクリミア併合をナチスドイツのチェコスロバキア侵攻になぞらえ「新しい戦前」の始まりと表現する人はいた。これがウクライナ侵攻で本物の戦争になった。事実上は欧米とロシアの代理戦争的な側面がある。この動きを更に推し進めたのがトランプ大統領だ。本人は自分は平和の使者であると信じ込んでいる。
ヨーロッパの指導者はトランプ大統領を現状変更に積極的に利用しているところがある。
EUから離脱したイギリスは米国に代わってウクライナ防衛のイニシアティブを握りたい。ドイツは財政規律を緩めたい。そしてフランスはNATOの新しい盟主になりたい。
BBCがマクロン大統領の新しい提案について分析している。フランスはこれまでもヨーロッパを核の傘で守るという提案を仄めかしてきたが、現実的な提案だとは受け止められてこなかった。ところが今回はドイツもフランスの提案に前向きなのだそうだ。EUもまた借財によって軍拡を始める方向でまとまりつつある。
トランプ大統領はNATOにおけるアメリカの役割に強い不満を感じている。この「ついで」に日米同盟は片務的だとほのめかし切り取られてニュースになった。
眼の前でかなり大きな変化が起きているが、日本人は何もしないだろう。少子高齢化も地方の衰退も「問題」としては認識されているが、何もしてこなかった。
しかし台湾と韓国はかなり動揺している。
台湾はTSMCが巨額投資を決めた。関税との関わりを聞かれた頼清徳総統はこれを否定している。一方、これではしごを外されたと感じているのが韓国だ。弾劾が成立すれば大統領選挙が行われる。
トランプ大統領はすでに北朝鮮を核兵器国(Nuke Power)と評価し韓国政界から反発を受けてきた。革新勢力は「公開狙撃」だと煽り立て対米結束を煽っている。つまりトランプ大統領は知ってか知らずか、韓国を独自核兵器保有か中国の核の傘に入るかの二択に追い込んでいる。
中国は関税戦争だろうが貿易戦争だろうがとにかく最後まで戦うぞと意気軒昂。東アジアに緊張が高まっている。と同時に韓国が接近してくれば積極的にこれを利用するだろう。中国は国が借金を背負って国内の消費市場を拡大したい。個々に韓国を加えてやれば良いのである。
このような話をQuoraで書いたところ「これはアメリカの国家安全保障をも脅かすのでは?」とする意見をもらった。
なるほどそのとおりだ。
もちろんトランプ大統領は何も考えていないわけではない。トランプ大統領は自称天才なので次から次へとアイディアが湧いてくる。そしてその発想はアメリカの不動産屋の発送そのものだ。ゲーテッド・コミュニティという。不動産を守るために街に塀を張り巡らせて警備を厳重にする。ロスアンゼルスのベル・エアが有名だ。
国境に壁を作り、汚らしい不法移民を追い出し、ホームセキュリティシステムを完備すれば良いと言うのがトランプ大統領の発想である。ガザの「リビエラ化」プイ欄を見ているとそれがよく分かる。
この「ホームセキュリティシステム」としてトランプ大統領が目をつけているのがイスラエルのアイアンドーム型の防衛システムである。軍事に詳しい専門家(JSF氏によると後にゴールデン・ドーム計画と改名されたそうである。繁栄を守る鉄壁の防御だ。
だがこの専門家は「その実態は宇宙配備型のスター・ウォーズ構想だ」と言っている。宇宙人からの攻撃に備えるわけではなさそうなのでおそらく敵はロシアと中国だろう。米軍はこの野心的な構想を売り込むためにトランプ大統領に「ホームセキュリティシステムなんですよ」と説明している可能性がある。だが、実際には本土のミサイル迎撃にはさほど役に立たないうえにロシアと中国を刺激することになるだろう。
トランプ大統領はイランを巨大な敵にすることで自らの政治的延命を図るネタニヤフ首相と組んでいる。このためイランはトランプ大統領からの書簡を受け取らなかった。トランプ大統領はイスラエルと組んでイランを独自核兵器保有に追い込んでいることになる。
ロシアが本気でトランプ大統領とのディールを望めばイランとは手を切ってくれるだろう。だが実際には中国との親密さをアピールし北朝鮮との関係も良好。単に欧米を動揺させるためにトランプ大統領に偽りの希望を仄めかしている可能性が高い。
ロシアの政権と政体を維持するために2014年に始まった新しい戦前は局地的な緊張だった。しかし、アメリカのトランプ政権が誕生したことによってこれがユーラシアと北米に波及している。
世界(南米・アフリカは含まれていないが)は新しい戦前に向けて動き始めたといえる。