これまでの日本の政治報道はアメリカ合衆国の混乱を見て見ぬふりをしてきた。日米同盟の基盤が揺らぐという現実を直視したくなかったからだろう。ところがその気分が変わりつつあり、むしろ率先して状況を伝えるようになってきている。ワイドショーでも日本の政局より優先してトランプ大統領の施政方針演説の内容が伝えられるなど関心が高まっている。
トランプ政権の場当たり的な外交姿勢は世界各地に枠組みの変化をもたらしつつあるようだ。
日米同盟推進・政府広報の読売新聞がこんな記事を書いている。読売新聞のいう「アメリカ」はMAGAではなく伝統的・タカ派共和党ということなのだろう。
トランプ氏は、パナマ運河を中国の影響下から取り戻すと主張していることについて「責任者はルビオだ」と紹介。「これで何か問題が起こった時に誰を責めるべきかわかっただろう」と続けると、ルビオ氏はこわばった表情を浮かべた。
トランプ大統領と国務長官に「すきま風」?…演説で「責任者はルビオ」とからかう場面も(読売新聞)
これは一体何を意味するのか。
トランプ大統領は歴代の共和党系大統領をロールモデルにしておりニクソン大統領の狂人戦略も盛んに引用されている。狂人戦略は何を考えているかわからない大統領と実務家という組み合わせだった。実務家に当たるのがキッシンジャー国務長官だ。究極のリアリストとして知られる。
しかしトランプ大統領とルビオ国務長官の関係はこれとは全く異なっている。トランプ大統領の支援者MAGAと伝統的共和党は「対中国強硬路線」では一致しているがそれ以外に全くつながりがない。それどころかトランプ大統領はルビオ国務長官を敵視しているようなところがある。ルビオ国務長官も自分が築き上げてきた砂のお城をトランプ大統領と側近たちに何度も崩されている。「石のように固まっていた」という表現はおそらく誇張ではないだろう。
結果的に狂人戦略ではなく「狂人の外交」が展開されているのが現実だ。
トランプ大統領の側近たちは現実をトランプ氏の幻想に近づけるべくかなり強引な手法を使っている。その文脈を理解したうえでポリティコの記事を読んでみたい。一部で評判になっている。
ゼレンスキー大統領では議論が進展しないと焦るトランプ大統領の側近がティモシェンコ元首相やポロシェンコ前大統領に接近しているという内容になっている。ウクライナの内部ではかなり大きな動揺が走っているようだ。
トランプ政権は表向きはウクライナ政局に関与していないと表明しているのだがいとも簡単にそれが嘘であるということがわかってしまった。
この会合が和平につながるのであれば「ゼレンスキー大統領の辞任もやむなし」といったところなのかもしれない。しかしポリティコの記事を引用したTBS NewsDigはポロシェンコ前大統領の「戦時下での大統領選挙は出来ない」発言を引用しておりそもそもまともな選挙が行われる可能性は高くなさそうだ。
ティモシェンコ首相はロシアがコントロールしやすいと見られていたがプーチン大統領との会合でロシアに従わない姿勢を見せた。親露派のヤヌコビッチ大統領のウクライナからの追放もあり2014年当時のロシアとウクライナの関係悪化につながっている。天然資源を持ち出して有利な「ディールを引き出したい」というのはもともとウクライナの伝統的政治芸だったのである。ティモシェンコ首相は親ロシア派のヤヌコービッチ大統領と組んでいたが状況が変わったことで態度を翻したのだった。
こうして2月末に発足した暫定政権にプーチンは不信を高め、上院に武力行使の許可を求めた。それでも大統領が3月4日まではクリミア併合を否定していたにもかかわらず6日以降ロシアの政策が急変した理由は何か。本当の責任は獄中からマイダンに戻ってきた政治家で「ガスの女王」とのあだ名のあったユリア・ティモシェンコの不用意な発言にあったというべきだ。実はプーチンからしても彼女とはガス協議を通じて妥協可能であると密かに見られていた。ところがその人物が3月5日にBBCウクライナとのインタビューで、2020年までにロシアへのガス依存を放棄、同時にロシア黒海艦隊延長というハリコフ合意も拒否した。このことからプーチンらロシア指導部は政策を変え、「固有の地」と考えられたクリミア編入に至った。この発言はクーデターによるNATOのクリミア進駐、そしてロシア向けのミサイル防衛網を敷設する宣言に他ならなかった。こうしてプーチンは同地での圧倒的な世論調査をまって18日にはロシアに編入した。
ウクライナ危機の現段階と日本(日本国際問題研究所:下斗米伸夫)
つまり、トランプ大統領は戦争の解決どころかアメリカとロシアを巻き込んだ政治的泥沼の原点に戻っているだけということになる。まさに「振り出しに戻る」だ。
別のエントリーでまとめるがヨーロッパでは「アメリカ亡き後」の主導権闘いが始まっている。ウクライナ情勢はそのために利用できる資産という位置づけになっている。まとまりつつある構想では核兵器保有国がヨーロッパに核の傘を提供し、自分たちが主導する平和維持軍をウクライナに送りロシアとの防波堤として利用するという構想だ。
ロシアのラブロフ外務大臣はこの平和維持軍構想を全面否定しており問題解決の兆しはない。
ポリティコははっきりとトランプワールドと書いているが、トランプ大統領の幻想の中の「平和構想」にあわせて側近たちが強引な政治介入を繰り広げる様は控えめに言ってかなり醜い。当然問題が解決する見込みはなくキッシンジャー国務長官のような実務家もいない。厳密に言えば実務家になれる人はいるのだが、トランプ大統領に足を引っ張られている。
さらにロシアとの経済ディールを焦るトランプ大統領とウクライナを自国の盾に利用したいヨーロッパの路線対立は今や誰のめにも明らかになった。