トランプ大統領の施政方針演説に先立って「ゼレンスキー大統領が譲歩し鉱物資源ディール(英語では単に鉱物ディールと呼ばれている)」がまとまるというニュースが入ってきた。演説でもゼレンスキー大統領が鉱物ディールをまとめ「いつでもアメリカがご都合が宜しいときにお呼びください」と譲歩してきたことになっている。
ところがこのディールの内容が全くわかっていない。当事者であるベッセント財務長官は「少なくとも演説までに合意が結ばれる予定はない」と報道を否定した。
アメリカ合衆国は現実からの引きこもり過程に入っていると考えるとこの現象をうまく説明できる。ゼレンスキー大統領からの美しい手紙はトランプ大統領の頭の中では真実なのだろうし、それを信じたい支持者たちにとってはそれは「良いこと」なのだ。
ゼレンスキー大統領がなんらかの働きかけをした可能性は高い。つまりこの話は全く嘘というわけではないだろう。しかしながらその内容が全くわかっていない。今回、最初にディールについて伝えたのはREUTERSだったようだが当事者であるベッセント財務長官は署名の予定はないとして報道を否定している。
施政方針演説では軍事支援の打ち切り恫喝に驚いたゼレンスキー大統領が一転して和平交渉に応じる姿勢を見せアメリカ合衆国に対して鉱物資源を差し出す意向を示したことになっている。プーチン大統領も交渉に応じる姿勢を見せている。
だからトランプ大統領は「自分はバイデン大統領が果たせなかった交渉を素早くまとめることが出来た」と言っている。
つまり「お話」はすべて整合している。
人々はトランプ大統領を誤解している。政治家は現実の問題に対応していると多くの人は考えるがトランプ大統領にとっては演説やSNSの投稿が真実であり現実はその付属物に過ぎない。トランプ大統領の頭の中ではすべての問題はいとも簡単に解決する。そして彼がそう想像している以上それこそが真実であり、間違っているのは現実の方なのだ。
だからトランプ大統領が日本の指導者に電話をかけて為替操作を警告したといえばそれが真実であり実際に電話をかけたかどうかはさほど重要ではない。トランプ大統領は日本の指導者の名前を覚えていないが、投資ディールの話だけはしっかり記憶している。
関税について「トランプ大統領に反対しても嫌われるだけなのでまずは好きにさせるのが良い」と書いた。ところがウクライナの場合はウクライナに取り返しが付かないダメージを与える可能性がある。CIA長官がウクライナに対する情報提供をやめた。ゼレンスキー大統領はこれを否定しているがロシアは今頃大喜びで侵攻作戦を練っているのではないか。
ゼレンスキー大統領はアメリカ合衆国に「丁寧な説明」をしようとしている。彼が住んでいるのは現実世界だが幻想世界に住んでいるトランプ大統領との会話が噛み合うことはないだろう。
一時はヨーロッパが助けてくれるのではないかと見られていたがこれものぞみ薄だ。イギリスはEU離脱でヨーロッパに対する影響力を失っている。これを取り戻すためにイギリスが主導した新しいウクライナ支援の枠組みを作りたい。EUのフォンデアライエン議長はEUこそが新しい枠組みを主導すべきだと言っている。すでに働きかけが終わっており全体で討議が行われる。要するに主導権争いが起きているのだ。
EUの優等生と言われたドイツは自分たちの主導で厳しすぎる財政規律をヨーロッパに強いていた。しかし自分たちの首も回らなくなったことで「ウクライナが大変だから財政規律を緩めるべきだ」と主張している。つまり、ドイツもウクライナを自分たちの政治に利用しようとしているという側面がある。これを受けてドイツ債の金利が上がっている=ドイツ債の価値が下落し、防衛産業には期待が高まっている。
このようにアメリカ合衆国の安全保障の枠組みからの離脱はヨーロッパの政治指導者にとってはある種利用しがいのあるチャンスになっている。
このようにヨーロッパはウクライナで起きている混乱を一つのきっかけとしながら新しい枠組みを模索し始めた。おそらく何度も再起動を繰り返しつつ徐々に新しい枠組みが作られてゆくことになるのだろう。アメリカが排除されることはないだろうがその役割は極めて限定的になる。
アメリカは新大陸に引きこもるのではないかと考えられていた。しかし報道を注意深く観察するとむしろアメリカが強い指導力を失いつつあるという現実が直視できず幻想の中に引きこもりつつあると言ってよいのかもしれない。その「バブル」の中にいる限り「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」という物語は成立する。
日本ではこの話題はさほど真剣には受け入れられていない。日米同盟は単なるお守りであり実際に有事にアメリカからの援助が受けられるかどうかはさほど真剣に受け止められていないといえるのかもしれない。